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『将棋の天才たち』について

の前に。

どーも調子が悪い。
こりゃ、なんかのバランスが狂ったな。

温泉いって、うまいもんくって、のんびりしてぇー!!

が、できないので、
ちょいとブログも簡潔にいたします(予定)。


まず、カウントしましょかね。
(355)一般本 『将棋の天才たち』 米長邦雄

腐人は、前に『3月のライオン』のとこだったか?
で書いた気がするが、昔、将棋にハマっていた。

っても、指すほうではない。
人物のほうだ。

指すのは、無理。
何度かチャレンジしたが、
腐人の忍耐力が持つのはオセロまで。

将棋や囲碁のように、1つのことをただひたすら深く深く思考する
ってのは、腐人にはできない芸当なのだ。

だが、広く浅くなら任せとけ!

ってことで、ハマった当時、読み漁りましたよ、人物伝を。

だから、ここに載ってる方々でいえば、
今、30代以上なら、ほぼわかる。

でも、10代20代の若手になると、
すみません、わかりません・・・(-_-;)。

一通りの好奇心が満たされちゃったら、
もういいやとなった、似非ファンなもんで。


ただ、どの方も皆さんすごい個性が豊かで、
っつーか、たぶん、この世界以外で生きてけないんじゃなかろーか・・・
っちゅーぐらい、偏りまくりなんですよ。

だから、どなたの評伝もおもろくておもろくて。


中でも、順位が上になればなるほど個性的。

こういっちゃなんだが、棋力と変人度は比例するのか?と思っちゃった。

まぁ、実際は、何かにとびぬけて優れた天才のことは、
凡人にはなかなか理解できないってことなんだと思うけど。


とはいえ。
この本が、これまでいろいろあった評伝と一線を画すのは、
著者が、米長邦雄さんだということだろう。

米長さんだからこそ聞ける話、
米長さんだからこそ書けること、
そして、米長さんだからこそわかるもの。

それがまーほんの数ページのなかに、
ものすごく凝縮されて入ってる。

ついついダラダラ書いてしまう腐人にしてみりゃ、
ホント、お見事!というしかない。

だって、それにプラスして、
それぞれの棋士たちの記憶に残る1局の解説まで入ってんだもん。
感嘆するしかないっしょ。


あ、ちなみに腐人は将棋の知識はアッパラペーなので、
そこんとこはスルーしました。
すみません・・・。


にしても、この軽妙洒脱な筆を読んでると、
米長さんのお人柄ってのがすごく伝わってくる。

好奇心旺盛で、なんでもおもしろがる反面、
将棋に対しては真摯であり、
誰よりも将棋を愛し、将棋のことを気にかけている。

まぁ、この米長さんでなければ、
あの林葉直子さんと、あの先崎学さんを弟子にして
御せなかったよーな気もするなぁ。

って、腐人はお二方の風聞しか存じませんけど、
あの師にして、あの弟子あり、は、
あながち間違ってないような気もする。


いろんなエピソードがたんまり詰まった本ですが、
腐人の印象に残ったのは3つ。


1つは、やっぱり外せない、村山聖さん。
『3月のライオン』の二階堂のモデルったほーが
今は通りがいいのかな?

村山さんが四段になって程ない頃、
米長さんが夢を尋ねたら「引退することだ」と言ったそうだ。

村山さんは自身の病気のことをおおっぴらにしてなかったので、
何も知らなかった米長さんは、それを聞いて
何を言ってるんだ!と諭したが、
村山さんはその夢を頑として変えようとしなかった。

その後どうなったかは、村山さんについてはいろいろ出てるので
ご興味ある方はご自分で読んでくださいだけど、
それをここでお書きになるということは、
恐らくこのエピソードは、村山さんのことをきいたときから、
米長さんの中で、ずっと心にひっかかっていたんじゃないかな。

腐人なんかは、もう全部知った上でこれ読んでるから、
だーだー涙がとまらないだけだけど、
たぶん、謝りたくてたまらなかったんだろなー・・・。


2つめは、史上最強の研究会といわれた島研の体験入門の話。

将棋に詳しくない方のために補足しますと、
研究会ってのは、棋士たちが集まって、
棋譜や新しい手の研究をする勉強会のこと。

で、島研ってのは、
ずいぶん昔に島朗さんが立ち上げた研究会(今はない)なんですが、
島さん以外のメンバーってのが、
当時はまだ10代だった佐藤康光さん、羽生善治さん、森内俊之さん
という、皆、その後に名人になった人たちなんですわ。

もっと詳しく知りたい方はご自分で調べてね♪
おもろいよ。

ま、それはさておき。

そこに米長さんが体験入門したことがあったそうな。

そんときとりあげられたのが、
佐藤さんが中原さんと打った一局で、
感想戦で、佐藤さんがだした意見を
中原さんが一蹴したっちゅー話がでたのだ。

それをね、米長さんは拾う。
その手をみせてくれと。

すごいなーこの貪欲さ。
そして、素直に耳を傾けられる素直さ。

年齢でいえば、20は下だろうに、
見習いたい姿勢だ。

ちなみに、この話には続きがあって、え!?ってなオチがあるんだが、
それはご興味あったら、本書をどうぞー。


3つめは、予定稿。

将棋界初の国民栄誉賞を
羽生さんが受賞したときのために書かれた原稿が
最後に掲載されている。

それは、将棋を愛し、将棋の普及に尽力してきた米長さんの歓喜の叫びが
聞こえてくるかのような、胸に迫るものだった。

なんでこれが予定稿なんだろう。

腐人自身は、国民栄誉賞に価値があるんだかさっぱわからんが、
この米長さんの原稿を読むと、米長さんが生きているうちに
羽生さんが受賞する姿をみせてあげたかったなぁと思う。

っつか、羽生さんがやってることって、
本当に半端じゃないほどすごいんだけどなぁ・・・。



棋士にとって、自分の名前の残る手を残すことは
恐らく憧れなんだろう。

米長さんもちょこちょことそういうことを書かれていた。

ただ、米長さんは今の将棋界に残る勝負哲学を残された。

それは
「相手にとって天下がかかった勝負では、
 自分にとっては、重要ではない消化試合だったとしても、
 全力を尽くして戦う」

というもの。

腐人は最初にこれをきいたとき、高潔だなと思った。

でもさ、よくよく考えたら、そうじゃないんだ。
そんな狭いことじゃないのよ、これ。

これは、「将棋」という世界を
これからも維持継続させ、かつ繁栄させてくためには、
絶対に必要なことなのだ。

そう…もしこれをやらなければ、
その世界には、衰退の道しか残されない。


ゆっちゃぁなんだが、真剣勝負は最高のエンターテイメントなのだ。

ゆえに。
その質を高く保持しつづけることこそが、
勝負師たちに求められるものであり、
それを怠って、やらせや手抜きに走れば、客はすぐに離れていく。

米長さんはそれをわかってらしたんだなと思う。

うーむ…深い、深いぞ、この一言。

でもって、ふと、現在のコンテンツのことが
頭をよぎってしまった。

そこまでの真剣さをもって、作れてるのだろうか…。

いかん、話がずれるから、この先は広げまい。
っつか、ブログ短くする予定やったんちゃうんかい!腐人!!


話を将棋に戻します。

なんとなくね、この一言にいきついた背景に、
米長さんの歩んだ道ってのが、
少なからず影響したんじゃないかと思うんだ。

だってさー、米長さんの将棋人生ってね、
木村義雄さんにはじまり、
升田幸三さん、大山康晴さんらの名勝負を実際に目の当たりにし、
(コレに関するエピソードも本書にあり)
同世代では、中原誠さん、加藤一二三さん、内藤國雄さんら、
よきライバルに恵まれ、
下からは谷川浩司さんや「羽生世代」と呼ばれるあげたらキリがない
現在のタイトルホルダーたちと、ずーっと将棋を指せたんだよ?

棋譜しかしらない、じゃなくて、
その人たちと言葉を交わし、駒を交わし、
実際に薫陶を受けられた。

そして、今や相手にコンピューターもでてきていて、
それとも米長さんは対戦している。

すごいよなー…。

それだけの環境をひきあてる運というか人徳みたいのって、
腐人はあると思うんだ。

でもま、恵まれてても生かせない人もいっぱいいるから、
米長さんだったからこそ、
そこですばらしい才能を開花させられたんだと思いますが。

恐らくだが、将棋からいろんなものをもらったことを自覚されてたからこそ、
人一倍、将棋の普及に、その質の維持に、奔走されたんだと思う。


なんつーか、そんなキラキラした
将棋や将棋界や棋士たちのエピソードが 
いっぱい詰まっていて、もっともっと読みたいと思った1冊だった。

本当に惜しい人を亡くしたなぁ…(/_;)

ご冥福を心よりお祈りいたします。

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[ 2013/04/19 ] 腹黒読書録 | TB(-) | CM(-)
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