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『はだしのゲン』がどうであれ

今、どの図書館の予約取り置き棚をみても、
『はだしのゲン』がある。

予約してでも読みたいと思う人がいるってことなんだが、
腐人は、「規制」というもの、
それ自体を毛嫌いしてるリバタリアン傾向があるので、
ほほぅ・・・と思ってそれをみている。


ただ、この『はだしのゲン』ですが、
先日、産経新聞を読んでいて、
うーん?と思うことがあった。

8/24の産経抄というコラムなんですけどね、
腐人編集でまとめたらこんな感じ↓の記事があったんです。


ゲンは、当初『ジャンプ』掲載だったが、
アンケートが悪く、打ち切りにあった。
それから『日本共産党系雑誌』に掲載され、
ここでも打ち切りになり、
最後、『日教組系雑誌』に掲載された。

日本軍の“蛮行”や昭和天皇への呪詛が
描かれるようになったのは、この頃で、
「反原爆」漫画としては、
同じ著者の『ある日突然に』のほうが完成度がたかいのに、
「平和教育」の名の下に教師たちが、
グロテスクな「反天皇制」漫画となった本作を
図書室や教室におきだした。

ゲンだけを特別扱いにする教師や新聞には、
何か別の意図があると疑ってかかった方がいい。



原文読みたい方は、↓へ
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130824/edc13082403570000-n1.htm

まだしばらくは読めるかと。


うーん・・・。

腐人のポリシーとして、
もし、この記事についてどうこう言いたいならば、
その前に、きちんと『はだしのゲン』
再読してからにすべし!
なんだが、
どーもなぁ・・・再読する気が起こらない。


なので、記事についてや、
『はだしのゲン』がどうだったか
ってんでなく、
戦争というものと、ニンゲンというものについて
考えてみる。


戦争という、
生きるため、すなわち食するためにではなく、
人と殺し合いをする状況ってのは、
やっぱ「狂気」だと思うんだよね。

昨今問題になってる、いじめだって、体罰だって、
歯止めがかからず、善悪の判断がつかなくなって、
どんどんエスカレートしていくところってあるでしょ?

腐人はアレを「狂気」と呼ぶが、
普段、虫も殺さないような人が、
その「狂気」にとらわれて、暴力行為に走るのは、
今だって、事件としておこってる。

だから、ソレをニンゲンが潜在的に持つもの、と考えれば、
戦争中だけ「何もなかった」、とは、
腐人は思えないのだ。

ただ、同時に、
そのときに何があって、何がなかったかってのは、
タイムマシンでもできない限り、
「真実」はわからない、とも思ってる。

加害者の言も、被害者の言も、
どちらも自分の立場、視点からの「事実」であって、
「真実」じゃない。

もし、『はだしのゲン』が、
ノンフィクションだと、
ルポルタージュだと言っているならば、
その描写には、それが事実だと証言する証人が必要だろうが、
そうじゃないわなぁ。


天皇への呪詛も同様。

やっぱ我が子が戦争で殺された親の中に、
そう思わなかった人は0人だった、
とは思えないんだよねぇ。

逆縁ってのは、本当につらいことだし、
そうじゃなく家の大黒柱を突然失った家族などでも、
遺族は、どこか、だれかに責任を求めたくなる。

それが、ニンゲンの普通の感情。

だから今でも、事件事故でなくなった遺族が
加害者を相手取って訴訟を起こす。


腐人は戦時中には生きてなかったんで、
当時の情報統制による洗脳状態が
どんなもんだったかは知らない。

そんなこと欠片も考えないぐらい染まってたよ!
って状況だったのかもしれない。

まーそれはそれで気持ち悪く恐ろしい状態だが。


しかし、一人のニンゲンとして客観的に考えたとき、
そういった非道や恨みで100%満ち満てたとも、
その反対に、全く0%だったとも、思えないのだ。



なのでね、
こーゆーもんは、1冊だけ読んでそれが聖典だ!っちゅーて、
10を語るんではなく。

あくまでも『はだしのゲン』をきっかけとして、
戦争や原爆を体験された方からお話を伺ったり。

肯定否定の両論はもちろん、
いろんな立場の方の、さまざまな視点からの資料・文献・映画に触れて。

自分なりにいっぱいいろいろ考えて。

親子や学校で話し合う機会をもって、
自分なりに、戦争や原爆に対してどう思うか、
どうありたいかを言葉にする。

そんでええのんとちゃうん?

だから、まずは読まなきゃなにも始まらないし、
読んで終わり、じゃなくて、
読んだその先どうあるか、
それこそが大事な「教育」なんじゃねぇのかねぇ。




余談ですが、
腐人の、原爆について考えるオススメ本は、
吉本直志郎さんの『北の天使 南の天使』
『右向け、左!』にはじまる青葉学園物語シリーズ。

でもって、戦争について考えるオススメ本は、
森はなさんの『じろはったん』

どちらにも、説教臭さは欠片もなく、
ただただ、戦争や原爆によってもたらされる事象について
淡々と書いてある。

そんでもって気になってるのは、
田内千鶴子さんを描いた『愛の黙示録』
『凍りの掌 シベリア抑留記』

根性なくて、見ても、読んでもいませんが、
いつか対峙してみたい。


にしても、こういう本を読むたびに思うのが、
人がこんな思いや経験をしてまで、
戦争は、しなければならないものなのか、ということ。

まーこれをつきつめていくと、
腐人のいつもの結論に達しちゃうのでやめとくが、
戦争をしたがる人たちに、一度きいてみたいもんである。
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[ 2013/08/27 ] 腹黒日記&読書録 | TB(-) | CM(-)
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