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続×4)クゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~ル じゃ パーン!

えーっとどこまで書いたっけ・・・。

そういえば、
《2》異文化を受け入れさせる難しさ
ここで書き忘れていたことを思い出した。

先日、腐人は、
黄文雄さんと呉善花さんと石平さんの鼎談を読んだ。

そんときに、韓国ご出身の呉善花さんが、
「韓国の人は、「ありがとう」や「ごめんなさい」を言わない」
ってことをおっしゃってたんですよ。

※詳しくは、徳間書店からでてるこのお三方の鼎談本3作の
 どれかに載ってます(一番新しいやつだったかなぁ・・・)。
 ご興味ある人は、読んでください。


腐人はこの一節を読んだとき、
かねてよりひっかかってたことがすこーんと腑に落ち、
思わず、「そうだったのか!」と言いたくなった。

それは何かといいますと。

韓流ブームの火付け役、
『冬のソナタ』ってご覧になりました?

腐人は韓国ドラマの中で、アレだけみたんですけど、
実はその中で、ものすごーくひっかかったシーンがあったんですわ。

それは、役名わすれたんで役者名でいかせてもらいますが、
チェ・ジウが、ペ・ヨンジュンと並んで歩いてたとき
手帳だかなんだかを落とすんですね。

で、ヨン様がそれを拾って、チェ・ジウに渡す。

ここで、日本人なら、日本のドラマなら、

女:「ありがとう。
   全然気がつかなかった。
   拾ってもらわなかったら失くすところだったわ」

男:「どういたしまして」

ぐらいの会話があるのが普通だわな。
腐人もそう思って観てたんだ。

しかし、実際のドラマでは、チェ・ジウは、
「ありがとう」の「あ」の字もなく、
拾ってもらった行為は、さも当然のように流し、
それまでの会話(コンペの見積もりの話だったかなぁ?)を
平然と続けたんだよ。

で、ヨン様の方も、
「なんだよ、この女。
 拾ってもらってお礼のひとつもいわねぇの?」
となることもなく、それまでの会話の続きを話し出す。

へ?お礼なし??
どゆこと??聞き逃したか?(吹き替え版だった)

そう思って、何度か巻き戻して見直したが、
何回観ても、お礼はないままだった。

腐人としては、これがものごっつい違和感でねぇ。

韓国人ってそーゆー人なの???
という疑問がぬぐえず、
しばらくして、仕事の後に飲みに行きましょうって流れになったとき
飲みの場で、そういえば・・・とこれを持ち出したんですよ。

すると、その場にいた人が皆、口をそろえて
「それはないでしょ」
「聞き逃したか、実際はお礼いってるのに
 尺の関係でとばしたんじゃない?」
と、言う。

しかし、腐人はそこを何度も繰り返しみたが、
あれは本当に言ってないって!
相手にお礼を言うような態度が、
チェ・ジウの演技に、カケラもみられないんだって!

と反論したんだが、結局、
「あんたの見間違いよ」
となった。
悔しい・・・

でも、あの本の裏づけをとった今なら、
断言できる。

あれは、お礼を言ってない!
腐人は見間違えてないわ!!!

と、あのときゲイバーにいた人たちに
本を片手に主張したくてたまらなひ・・・
    ↑
  どこで何の話をしとるんや・・・

 
って、なんか話がズレた感があるが、
このちょっとしたお礼の一言の感覚の違いとかさ、
ワールドカップのゴミ拾いも文化感覚の差といえばそうだが、
日常生活においてなら、たいしたことがない話なのかもしれない。

しかし、コンテンツにおいては、
これ、ものすごく重要な要素だと思うんだわ。

例えばね、
落とし物を拾ってくれた男子に
胸キュンする少女マンガなんて
腐るほどあるわな。

そのお礼がちゃんといえなかった・・・から
気になる・・・になって始まる恋とか
あげろと言われりゃ、腐人は両手に余るほどあげられるぞ?

でも、それ、韓国では成立せんってこっちゃろ、
ゆっちゃえば。

日本のマンガが読みたい、
日本の文化を知りたい、
そういう動機(つまり、種)がそもそもある人は、
わからない文化的表現があれば、
そこからその文化について学ぼうとするだろうが、
そういう要素が、からきしない人ならば?

わけわかんねー、ナニコレ・・・となるのがオチだろう。

でも、このクール・ジャパン政策みてるとね、
そーゆー、そもそもの種がないとこに
ジャバジャバと、
肥料や水(金と労力)をばらまいてるように見えるの。

そんなことしたって、芽はでないんじゃない?

そーゆーことが言いたかったんだ。
あ、すっきりした。


では、残ってる命題の4つめ、いくか!
《4》「反」自然存在である「国」

前から何度もゆってますが、
腐人は、ニンゲンは、毛のない猿だと思ってんのね。

だから自然の法則(弱肉強食、適者生存)にしたがってたら
狂わずに済んだのに、
社会っちゅー集団妄想を始めて、
その法則にしたがって生きろとしたので、
歪みが生じ、どんどんそれがひどくなっていて、
遠からず自滅・崩壊するだろう
とみている。

という考えからすると、
「社会」の最たるもんである「国」ってのは、
自然の法則を、一番ねじまげる存在なわけですよ。

だから、「反」自然存在だと、腐人はゆっとるのです。

まずここが1つポイント。


で、次にコンテンツについてだけど、
クール・ジャパンが内包してるもんはいろいろあるが、
必要、から生まれる工業製品なんかと違い、
マンガやアニメは、なくても十分生きていけるものだ。

しかし、それらは生まれてくる。
なんでだったら、
それは止められない自然な欲求、欲望が根源だからだ。

なんか、話がマズローの欲求階層説までいきそうだが、
そこいくとややこしいので、もっと単純にするけど、
要するに、これら止めることができない創造する力って、
自然の法則のさらに上に乗っかってるようなもんだと思うのね。

そしてそれらは、
自然になってく方向を無理やり力でねじまげる
国家や社会のような「反」自然存在とは、
対照的な位置づけにあると思うんですよ。

だって、この「反」自然存在は、
人の欲求・欲望、自然な動きに規制をかけ、
コントロールすることを使命にしてるんだもん。

この違いが、2つめのポイント。


で、だ。

この1つめのポイントと2つめのポイントみてると、
みえてくるものがある。

それは、創造する力ってのは、
アンチ「反」自然存在、
つまり「超自然」(チョー自然のがわかりやすいか?)である
ってことで。

要するに、
「反」自然であるお上の保護をうけた
「超自然」の創造生産物なんて、
客からそっぽむかれるだけじゃね?ってこと。

すべてがそう、とは言えないのは、腐人もわかってる。

国の保護下におかれたからこそ、
安心して、安定した発展をとげたものもあるだろう。

でも、それって大衆文化から離れてない?

目指すところが、美術・骨董・歴史的なんちゃらならいいよ。
アニメやマンガのなかに、いつかそれになってくもんもあるだろう。

でも、大半はそうじゃないわなぁ。
日用品と同じレベルで使い捨てられていく。

この残るものと消えるもの、
それは誰が見極めるか。

これねー、腐人は特定の人じゃないと思うんだよなー。

なんつーんだろ、大きな流れ?
歴史をみてると、そーゆーなんとも言えないものが
自然に、残るものと消えるものを選別し、淘汰してってないか?

なんかね、そういうことをつらつらうだうだだらだら考えてると、
果たして、国がバックアップすることが正しいのか、
それによって、逆に評価や価値を下げてることもあるんじゃないか?
なんてことを思っちゃうんだよね。

特に腐人なんぞ、
マイノリティ上等!マジョリティは入ってくんな!
っちゅー、逆差別意識があるから、
国がバックアップしますとかいわれると、
その作品を放り投げたくなってたまらない。

だって、ゆがめるでしょ?
規制するでしょ?
ダメだしするでしょ?

そんな気がするんだ。

まぁ、これは腐人だけが思ってることかもしれないが、
オタクといわれる人たちが、
国ってもんが体現してるものを好いているとは
あまり思えないんだがなー。

笑いのネタにはしてもね。

ふぅ、これで残すは、結論だけになったかな。

それがいつになるかは、わっかりっませーん!

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