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挫折・・・ディストピア

頑張ってみたんだよ、一応。

ジョージ・オーウェルの『1984年』
同じく、『動物農場』
それから、
オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』

どれも名著と呼ばれる作品だが、
腐人には徹底的にあわなかった・・・(-_-;)

腐人は読書が好きな、活字中毒患者だが、
クスリ・・・じゃない、本なら
なんでもええんかっちゅーとそんなことないのよ!

むしろ、自分に合わないものへの拒絶は、
本を読まない人よりひどいかもしれない・・・。

ジャンキーにも好みがあるように!
活字中毒にも好みがあるのよ!!!

ってことで。
『1984年』
『すばらしい新世界』は、半分まで、
『動物農場』は15ページぐらいまで、
頑張ってみた!

が・・・もう白旗あげていいですか・・・(T_T)/□

ジョージ・オーウェルの2作は、彼自身が大戦を経験し、
ファシズムの台頭を目の当たりにして、
全体主義はいけない!って気持ちが根底にあるのはわかる。

わかるんだけど・・・・・・・・・

なんといえばいいんだろ、
全体主義は絶対悪で、民主主義は絶対善なわけ(~_~)?

腐人はそう言いたいとこがあるんだよ。

腐人自身は、どんなええと思われたシステムでも、
あかんところがないもんはない、
と思ってんの。

だから全体主義にもええとこも悪いとこもあって、
民主主義にもええとこと悪いとこがある。

せやから、システムとは、常にええとこを活かし、悪いとこを直していく
流動性と、可逆性のあるもんにせんといかんと思うねんけど。

まぁ、オーウェルの時代は、
この民主主義がいずれ衆愚政治になりはてることまで
見通せなかったのかもしれない。

でも、もう衆愚政治となりつつある今からすると、
全体主義がいいとは思わないけど
やっぱこのオーウェルのスタンスに疑問がでちゃうんだよなー。


そんでもって、オーウェルの2作品よりは、
その世界観に入りやすかったハクスリー。

でも。
なんか違う。

最終的にこれもオチを放棄したので
中途半端な理解のまま語ってはいかんだろうって気がするが
もうこの先を読む気になれないの・・・orz


彼らの作品を読んでて、ホント痛感したのが、
ニンゲン愛の差異。

だって・・・・・・彼らは、ニンゲンを愛してるのよ!

ニンゲンなんぞクソカス、一匹残らずとっとと駆除されちまえ!
と思ってる腐人とは、ここにすげー大きな断然があるの!

腐人のスタンスで考えるとね、

ディストピアを語るのに、
ニンゲンに人間性なんて認めたあかんて!
A子だろうが、B子だろうが、命の数は同じ1!
その1がA子かB子か、
優良物件か、ポンコツかはどーでもええねんて!
スヴァールバル世界種子貯蔵庫にある種と一緒。
種の維持に必要なだけ残っとったらヨシなんよ!

・・・となるの。

なので。
人間性を「よし」とする人が描くディストピアは、
腐人にとっては、全くディストピアではない。

だから、ディストピア小説と言われるものを読めば読むほど
違和感がでちゃうんだ。

ってのがわかったから、もう読むのやめる。


と、自分の中での折り合いはついたから、
話はこれで終わってもええねんけど、
もうちょい言わせてもらうことにしよう。

せっかく我慢してあそこまで読んだので。


上記に書いたように、
腐人の視点と彼らの視点にはすごく大きな断絶がある。

そのため、腐人の視点で彼らの前提(ディストピアの世界観)をみると
そもそもが綻びだらけのザル状態に見えるのだ・・・。

例えば。

ニンゲンを管理する場合な、
犬猫を飼うように管理するのはあかんがな。

これは支配構造の話になるが、
少数が多数を管理するのに大事なことは、
表現がアレだが、抑えるべきは、キンタマだけってこと。

なんでもかんでも、逐一全てを支配するのはアホのやることやで?

って、アホゆーたらあかんのか。

この構図、同数が同数を管理するっちゅーのはさ、
要するに、夫婦のモラハラを思えばわかりやすいと思う。
または、親子の抑圧とか、教師と生徒とか。

1ON1で、押さえつけるって感じになるのよね。

まぁ、最近は文明の利器が発達したから、
一人の王様が、数人の奴隷を管理ぐらいまでは
できるかもしれんけどね。
某事件とか某事件のように。


でも、ディストピアでやりたいんは、
そんなちっぽけな話ちゃうやろ?
一国単位、一惑星単位でしょ?

そうなったら、キモだけ抑える方式にせんと。

ちなみに、ニンゲン管理の「キンタマ」は生殖だ。

その点、『すばらしい新世界』
途中まではええねんけど、
なんで希望者にしてまんかなぁ・・・(~_~;)??

管理っちゅーのはさ、
一度あげたアメをとりあげるんは大変やけど、
最初からアメをやらんかったら簡単なんやで?

生まれたばかりの赤子ほど無力なもんはないのに、
なんでそこで権利を完全剥奪しとかへんの!
アホちゃうか??
と思ったのは・・・腐人だけでしょうね(^_^メ)

そーいや、一つの受精卵から何人もの同じ人を作るって話があったが、
あれは・・・まぁ、机上の空論だなぁ。

一卵性双生児でも、障害や精神疾患になる子とならん子がおる。
全部同じやったら、子育てで苦労なんてせぇへんがな。


話を元に戻しますが、
少数で多数を管理する場合は、アメと鞭の使い分けが重要になる。


囲いの中にいる間は、安全と安心と、衣食住を保障する。
でも、外にでたら、しらんで?
全部自分でなんとかしなはれや。

そんでも、囲いの中におるのが嫌やというならば、
好きにでていかはったらええ。

ただし。
一度出たら、戻れまへんえ?

別にこっちは頭数さえあえばええんで、
ここにおるんがあんたである必要あらへんねんから。

っちゅー世界にせんといかんでしょ。


あとな、『動物農場』がわかりやすい気がするが、
種はわけんといかん。

ニンゲンにも「種」がある。

皮膚の色やら国籍やら宗教とかではなく、
性質と価値観の「種」が。

つくづく思うんだけど、教室でいじめとかある場合、
いじめっ子、いじめられっ子、傍観者だよな?

なんでそこでクラス替えをせん?

いじめっ子クラス
いじめられっ子クラス
傍観者クラスにさ。

そんでもって、その中でまた、
いじめっ子、いじめられっ子、傍観者になるなら、
また細分化してきゃいいじゃん。

全体を同質化すんのは大変だが、
どんどん細分化して、同質のものばかりを集めるようにすりゃ
管理は楽になる。

羊の中にオオカミを混ぜるからややこしなるねんて。

革命や!戦争だ!っちゅーやつは、
自分一人でやりゃええねん。
やりたないやつを巻きこむんやない!

とね。

異質が悪いとは言わない。
別に異質は異質でええねん。

ただ、同類は同類でかたまってね?ってなだけだ。

で、いじめっ子の中の、いじめっ子の中の・・・いじめっ子。
たぶん、それは、
いじめられっ子の中の、いじめられっ子の中の・・・いじめられっ子と
かなり近しい存在になるんじゃなかろうか。

極右と極左が似てくるように。

ま、そんな感じに両端が
どないもしようがないのの吹き溜まりになってもたら
それは切り落とされてもしゃーないんちゃう?

これまた
別にこっちは頭数さえあえばええんで、
ここにおるんがあんたである必要あらへんねんから。


と、ニンゲンを数で考えたら、
ディストピアの何があかんのかがわからんくなってくる。


それもさ、
「ニンゲンを数で考えたら」とゆーちゃおるが、
別に囲いの中でルールを守って生きたらええだけやん?

棲家の区分はするけど、種の多様性は維持されるわけやし。

そんなんすらも嫌やと、アウトローで生きるなら、
一人で勝手にやっとくれ、っちゅーだけで。

そない思うと、種を維持・保存していく上で
ディストピアほど理に適ったもんはないと思うけどなぁ (~_~;)。

なんでディストピアはあかんのか。

この腐人の疑問を氷解するようなディストピア話がでたら
ディストピア話を読むことにする。

それまでグッバイ、あでゅー、ディストピア!
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[ 2014/09/17 ] 腹黒日記&読書録 | TB(-) | CM(-)
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