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『共感する女脳、システム化する男脳』の補足&余談 その3

の前に。

今年の再読テーマを決めました。
題して、
「続き、はよ出してくれ、催促再読」

わはは、一部の作家さんには恐怖?

単に、読み返したいと思うような、
なつかし再読ネタが尽きちゃったのと、
最近、なつかしいBLが新装版ででてるなぁってのがあって
これもー!!待っとるから、続きはよ書いてー!って
声をあげてみようかなと。

え?もう前からよくやってる?

そう・・・でも、それでも出ないんだもん!
だから、さらに一押ししてみようかなと。

なつかしいBL(?)といえば、
『東京純情コンバース』

腐人はアレ、「吉祥寺企画」の同人?
それとも『Racish』
どっちで読んだか忘れたが、初出時に読んだ。

で、今回、本屋で帯みたら、
佐野裕貴(鳩村衣杏)・・・ん?逆だったっけ?
と、あってびっくり!

え?せやったん??
あーでもあの青春ブロマンスな感じは
確かに通じるもんがあるわ・・・。

腐人の記憶では、佐野裕貴名義でBLって
その後は出してはらへんと思うんだが
両刀でしはんのかしら?

個人的には、脳が老いてきとるんで
あんま複雑にしてもらわんほうがええねんけどな・・・(-_-;)。


さ、本日の話にいきましょうか。

こないだ書けなかった、EQ過多の弊害。

簡単に言やぁ、「意見がブレる」。

ちょっと、A子!
さっき、私と話をしたときと
B子、C子を前にした今とでは、
ゆっとることがちゃうやんけ!
ってことないですか?

そのとき自分が同調(共感)した意見に
すぐ乗っかっちゃうんだよね。
無自覚に。

それと同じ延長線上の現象として、
「自分の意見がない」。

「そもそもない」のか、
それとも「はっきりさせない」のか、
そこはなんともいいがたいけど、
とにかく言わない。
他人の意見にあわせるだけ。

っても、ぼんやりとした
自分がしたいことってのはあるようで
そこを押し込めてずーっと蓄積させて
あるとき、突然大爆発したりする。

周囲にしてみたら、
これまで特に何にも言わなかったから
これで問題ないんだと思ってたのに、
急に「ずっと我慢してたのよ!」と言い出すから
そのときの感情で叫んでるだけのヒステリーにみえるんだ。

だったら、そんとき言えよ・・・って
よくある話でしょ?


話をしてても、自分がどうしたいか、よりも
「こうしたら、Aさんはこう思うわよねぇ?」
「でも、そうしたら今度はBさんがこう思うわよねぇ?」
っちゅーて話しを延々するので、
「で?結論は?どないすんのよ?」
と言いたくなる。

ってか、もう意見ききたくなくなるんだよね。

すると
「私の意見を誰も聞いてくれない!」と。

・・・そりゃ、自業自得ってもんかと・・・。


それと、これは腐人が穿った見方をしとるのかもしれないが、
どうも、人から嫌われたり、集団からはみ出すことを
過度に嫌がる傾向があるような気がする。

よく(?)言えば、
和をもって尊しとなす、
人は話し合ったら、わかりあえるよ教の信者。

悪く(?)言えば、日和見主義のコウモリ。

それがEQ過多の処世術なんだと言われたら、
そうなのか、と思うんだけど、
総括すると、
「ビジネスの場にいたら、すごく迷惑」。

久坂部羊さんの『医療幻想』
『白い巨塔』の里見医師は名医か?」
って話があり、
「現実に、彼のような医師がいたら、決して名医ではない。
 一人の患者にかまけすぎて、
 いつまで待たせるんだ!と他の患者からクレームがくるし、
 収益をあげるためには数をこなす必要があるのに、
 それをやらないため、
 他の医師がその負荷を肩代わりしないとならなくなる」
ってな感じのことが書いてあった(と思う・・・)。

※主旨はあってるはずだが、
 腐人のポンコツ記憶頼りなので、
 正確な記述を知りたい方は、
 『医療幻想―「思い込み」が患者を殺す』をどうぞ。
 すげーためになる本ですよ。

結局そーゆーことでさ、
ビジネスの場において重要なのは、結果と効率。

その人が良い人だからといって、
その人に大変な事情があるからといって
要りもしない契約はできないし。

○○さんがそう言ったから・・・
××さんがそう言ったから・・・って
言われるがままに仕様変更されたら
たまったもんじゃない。


そいや、去年の小町で、
それがすごく象徴的だったトピがあった。

どうして私じゃないの?!(愚痴)
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2014/1205/691884.htm?g=02

簡単にゆーと、短期で雇われた私とAさん。

私は職場の人たちと馴染むことに努力をし、
とても仲良く打ち解けられるようになった。

一方のAさんは、職場の人間関係は
仕事上のつきあいと割り切り、
いつも手早く仕事を済ませ、
最後の1時間とかはなにもすることがないような状況だった。

私は仕事の手が遅く、
いつも頼まれた分をやりきれなかったので、
空いてるAさんにそれを負担してもらうよう上の人を通して頼んだ。

契約終了のときに、私は延長を言われなかったが、
Aさんは引き続きといわれた、なんで!?

ってやつで。

これこそ、EQ過多が働いたらこうなるよ、っちゅー典型かな。

これね、例えば法事とかならいいんですよ。
雇われている時間内に仕事を仕上げるとかゆー効率より、
出席者の感情を満足させることのほうが優先だから。

っても、
××子は気がきかない!
ずっと座ったままで動かない!
とかあるけど
別にそれで納期が遅れるわけじゃないし
損害賠償請求されるわけでもない。

そもそも金銭を払って労働してもらってるわけじゃないから、
手伝いの中に手の遅いのがいたって、
周囲が助けて、最終的に法事の帳尻があえばいいだけ。

家庭内のことって往々にして、
こういう感じなんだよね。

家事にしても、育児にしても、
どこまでやるかの基準は人それぞれ。
そして、それをいつ誰とどうやってやるかも人それぞれ。

いつまでに何をどういう形で納めるか、
そういった画一的な基準はない。

むしろ、そこを
スーパー主婦のような段取りと基準で掃除したり
栄養バランスと健康状態からメニューはこれ、
とかできるなら、
その人は、家事を職業として働ける、
SQとEQのバランス脳を持った人。
EQ過多じゃない。

こーゆー推測から、腐人は
EQ過多がどこにいるかというと
専業主婦の中にいて、
「EQ>>>>SQが
 専業主婦にしかなれない人では?」
っちゅー推論を導き出した。

あってるかどうか誰か研究してくんねかな。


そいやSQ過多の人って、
ものすごく大きな夢が見られるんだよね。

まー端的にゆーたら、マッサン。

男性社会ってのもあるけど、
ビジネスの世界において、
周囲から一目おかれるような実績を残された方ってのは
大抵が、この力を持ってると思う。

で、その荒唐無稽とも思える夢をかなえちゃうんだ。
ノーベル賞やフィールズ賞なんかをとってる方々も
わりかしこーゆー
他人から無謀だと思われるよーなことを
できるという信念で、やりとげてるんだよね。


それに比べて、EQ過多の人は、
案外、リアリスト。
明日の夢より、今日のご飯。

ただ、同調のしすぎでだまされやすいとこがあるので、
詐欺の被害者のEQを調べてみたら
結構おもろい結果になるんじゃないのかな?




そういえば、昨日書いた人質事件で
今朝、ご家族の会見がニュースになってたが、
あの方も、恐らくEQ指数が高いんじゃないかなぁ?

拘束している側にとって、
敵かどうかなんて、な~んの意味もない。

彼らにとって、人質が持つ意味は「金づる」かどうか、
ただそれだけだ。

価格交渉には応じるが、
説得交渉なんぞ、一昨日きがやれ、だろう。

感情論でどうこうできるもんじゃない。
そこからもう、違うんだよね。

でもって、もう一つ、大きく間違ってるのが、
そう思っていたならば、
なぜ、もっと早く息子を止めなかった?だ。

息子がそうしたいと言ったときに
息子から嫌われようが憎まれようが、
断固として反対すべきだったんだよ。
息子の気持ちに理解を示したり、同調したりせずにね。

同調するならば、それと同時に、
以前、イラクで亡くなった橋田信介さんの奥さんのように
腹をくくっておくべきだったんじゃないの?

同調はする、でも腹はくくれない。
そこらのブレが、腐人にはEQ過多にみえる。


ちなみに腐人の知り合いのEQ過多の人は、
学校を出た後、外で少し働いて、
自分にはこれは無理、向いてない。
だから、自分がこの先、食べていくためには
結婚をするしかない、
と早々にその結論に至り、
そのための活動したという。

そして結婚後は、
自分の生きる道はこれしかない、ということで
それなりの我慢と、自分なりの努力をしてきたという。


結局さ、SQ過多だろうが、EQ過多だろうが、
SQとEQのバランス脳だろうが、
生きていくにおいて、
生きやすいことも生きにくいこともある。

どっちかしかない人はいないし、
どっちもない人もいない。

だから、重要なのは、
自分はどういう人間なのかということを
客観的に捉えることができているか、ということで。

そして、その上で、
自分に足らないものを補うよう努力を続け、
他人の忠告を素直にうけとめる耳と心をもつこと。

嫌なこと、つらいことでも逃げずに経験し、
そこから学ぶこと。

そして、他人を変えようとするのではなく
自分が変わろうとすること。

そーゆーこっちゃ、ねぇのかね。


長々たらたら続けてきた女脳男脳話だが、
キリがないので、この辺で終わる。

また気が向いたらやるかもしれないが、
ご興味ある方は、
あとはご自分で掘り下げてみてくださいね~。
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[ 2015/01/23 ] 腹黒日記&読書録 | TB(-) | CM(-)
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