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生きる権利、死ぬ権利(2)

昨日の続き。

『脳障害を生きる人々 脳治療の最前線』(以下、『脳障害』に略)には
いろんな状態の方がでてくる。

そういや腐人がこの本にたどりついたきっかけは
以前、らばQでみた記事だった。
※2015/10/02のブログでちょっと触れてます。

閉じ込め症候群から回復した男性の手記で、
現在、英語での発刊しかないときいたので
日本語でそんな感じの本ないんかなーと
探したところ、この『脳障害』がヒットした。

この『脳障害』の中にも交通事故で
閉じ込め症候群になった方がでてくる。

ところで、「閉じ込め症候群」やら
「遷延性意識障害(俗に言う植物状態)」と書いても
その違いってわからんですよね?

ざっくり言うと、
「閉じ込め症候群」は、意識はクリア、眼球を動かせるので
そこで意思伝達ができるが、体は動かせない。

「遷延性意識障害」は、自力での移動、摂食、排泄が不可能。
発声はできることはあるが意味のある発語はむずかしく
目も物は追えるが認識ができない。
簡単な命令(眼をひらけ、指を握れ)には反応できるが
意思疎通は難しい。

「遷延性意識障害」がよくなってくると、
身振りや発声で、イエス・ノーあたりを
言えたりするようになる。

大きくいえば意思伝達能力の違い…なのかな?
専門家じゃないからわからん。
ご興味ある方はご自身でお調べください。

ただ、どちらも基本的に全身管理が必要で
結局、そこらへんの介護人が問題になる。

昨日書いたジャン=マリ・ロランさんも、
以前書いた筋ジスの鹿野靖明さんも、
病が進行した結果、全身管理が必要だった。

※鹿野靖明さんのことは
 『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』
 っちゅー本に詳しく、
 ここでも2015/06/22に取り上げてます。


全身管理が必要となると、介護側の立場からしたら、
同じような状態の方を一箇所に集め
その施設で、決まった時間に決まったルーティンをこなすほうが
まぁ管理が楽だわな。

しかし、そういう状況だと、流れ作業になってくるため
「閉じ込め症候群」や「遷延性意識障害」で
実は意識が戻ってる、ということに
気づかれないままとなることがある。

腐人がらばQで読んだ男性もそうだったし、
この『脳障害』で紹介されてる事例も
そうだった。
幸い周囲の人が気づいて、リハビリをし
簡単な意思疎通ができるようにまでなった。

らばQの方は、ご結婚までされたんだったかな?
ちょっとこっちは詳しくないのでご興味ある方は
ご自身で調べてね。

ジャン=マリ・ロランさんや鹿野靖明さんは
進行性の病気であったので、
交通事故で一気に能力が奪われたケースと違い、
どんどん自分のしたいことをしたいときに
できなくなっていくケースだった。

そうして自力でできる限界がくると、施設にはいる。
すると、上記に書いたようなルーティン管理下におかれ、
したいことをしたいときにできる自由が奪われた。

そうなると、ですね、
人生を闘って生きる人は、
したいときにしたいことをする自由を勝ち取るために、
行動するんですよ。

『脳障害』で紹介されてる
閉じ込め症候群の女性もそうだった。

今の自分ができる仕事を探し、
障害者年金とその収入で、
自分で介護人の手配をつけ、自立した生活をする。

ジャン=マリ・ロランさんは政治的にも働きかけ
(まぁ、これは性分もあるかも)、
障害者の立場をよくしようと、いろんなところに訴えた。

が、それはなかなか難しい結果になった。

確か、鹿野さんのでもあったなぁ・・・。
障害者といっても、一人一人違う。

したいときにしたいことをする自由を求める人もいれば
今の状態に甘んじる人もいるんだよね。
なんでそんな活動しなきゃならないんだって。
自分はこのままで十分だって。

これは健常者の世界でもあるよね。

「生きる」と一言で言っても、
どういう状態を『生きている』というかは
それぞれに違う。

そうするとだ、
一人一人が「生きる権利」を主張するにあたっては、
まず、自分がどう生きたいか、を選択しなければならず、
そして、その生き方を実現するためには
やはりやらなきゃいけない義務というか努力が
誰であっても、絶対にくっついてくるもんなんだなぁ。

ジャン=マリ・ロランさんは、
なんで障害者というだけで
健常者のように生きようとするのに
こんなに困難なことが山積なのか・・・的なことを
嘆いておられたけども、
それは・・・隣の芝生が青くみえてるだけじゃないのかな?

そりゃね、目が見えるから、音楽なくても信号がわかる。
耳が聞こえるから、クラクションならされたら車に気づく。
脚が動くから、行きたいところに行きたいときにいける。

でも、障害者手当はもらえないから
生きていくために仕事を探し、働かないといけない。

そこで、すごく嫌なこともあるかもしれないし、
働いてるところが倒産して
明日から路頭に迷う可能性だってある。

どの生き方だって楽じゃない、とか思っちゃうのは
腐人だけですかね?

そう考えると、やっぱ生きるってしんどいなって
腐人は思っちゃうんだよなぁ・・・。

死より生のが好きな方って、
これをしんどいと思わないのかなぁ??


この『脳障害』に、
交通事故死者数が減ったとある。

しかしこれは数字のトリックがあり、
搬送されてから24 時間以内に死ななければ
交通事故死者とカウントしないんだそう。

医療が進歩した結果、昔なら助からなかった人が
延命するようになった。

しかし、その多くは
重篤な脳障害を抱えることとなってるという。

これってどうなんだろう?

腐人もバイク乗りなので、交通事故のリスクをもっている。

もし、ガンなどの病気ならば、
腐人は自分がどういう選択をするかはもう決めている。

・・・が、この話は『虚栄』のときにしよう。

でも、交通事故で意識がない状態のときに
搬送されて、とりあえず命だけは助けられてしまったら?

腐人にとって、実はこれほど嫌なことはなかったりする。

もし後遺障害が残るならば、腐人は何もしないでほっといてほしい。
そのまま死なせてほしい。

生きたい人の生きる権利を阻害するつもりはない。
だからこそ、
死にたい人の死ぬ権利を阻害しないで欲しい、
腐人はそう思うんですが。

どうなろうと生きたい人は生きたらいい。
でも、死にたい人は死なせておくれ・・・
ものすごく単純な願いだと思うんだけど、
これは叶えてもらえないんだろうか?

マイナンバーなんぞゆークソ制度をするならね、
腐人はこっちに結び付けて欲しいのよ。

延命治療は一切拒否、
後遺障害が残るようなら一切の治療も拒否
いやいや、私は何があっても助けてください・・・
などと、
そういった事故前の本人の意思表示をも
マイナンバーを通じて
すべての医療機関、救急関係で共有して
救急隊は、生きる権利を行使したい人だけを
助けるようになってくれませんか?

そのんが医者だって救急だって助かると思うんだけど?

マイナンバーは最低最悪のクソな制度だと思うけど
もし、コレが実現するならば、
腐人はマイナンバーの価値を見直してもいいと思ってる。

でもなー
たぶん為政者の本音としては、
使える命はキープしたい、
それは社会を維持する数として必要なんで
でもそこまで露骨には言えんのよねぇ・・・
ってとこなんだろうな。


今日はここまで。
明日、『虚栄』に触れて、終わりにできる・・・かなぁ(^_^;)?

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[ 2015/12/08 ] 腹黒読書録 | TB(-) | CM(-)
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