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『コリーニ事件』について

シーラッハさんの本は、過去に2冊読み、
腐人の中で、その評価は割れた。

なので、「どーしよーかなー…」と思いつつ、
手にとったのが、この本だ。

(454)一般本 『コリーニ事件』 フェルディナント・フォン・シーラッハ

文章はあいかわらずパキパキ淡々としていて読みやすいし、
1つの小説としてみると、思わずひきこまれて一気読みしてしまう
おもしろさがある。

のーだーがー。

これ、それだけじゃないんだよな。
このテーマは、考えちゃいますよ、日本人ですから。


えー、以下、ネタバレ含むでやりますんで、
いやんな人は、回れ右して帰ってねー。

ゆったかんねー。



ざっと言ってしまえば、
ドイツ人の80過ぎの富豪が、
60すぎのイタリア系移民のコリーニに、
惨殺といっていいような殺し方で殺された。

これが、タイトルにもなってる「コリーニ事件」。

この話は、この事件の解決をすすめる線があり、
その線の先に、ドイツ人が、日本人が、
どーにも避けられない問題がでてくるという構成になっている。

と、同時に、帯やあとがきにあったのだが、
この本によって、法の穴、
それは気付かずできたものなのか、
意図的につくられたものなんかはわからない「穴」が指摘され、
現在、ドイツでは調査委員会が設置されて調査中らしい。

へー、そりゃすげぇな。

日本でも、そういう指摘をしている本がないわけじゃないのに、
そーゆー反応があったって、あんま聞かない気がする。
腐人が知らんだけ?

まーその理由としては、恐らく出版点数の違いだろうな。

今の日本の新刊出版点数および出版冊数は異常だ。
自分でももうどうしようもなく、
坂道をころげおちはじめてとまらなくなってる状態に似てると思う。

以前、ヤマザキマリさんのエッセイでもあったが、
ブラジルやイタリアでは、初版部数は
すごく売れてる作家でも3000とか5000なんだそう。

日本の場合だと、ブログやツイッターで話題になって
それを出版する場合、
たとえこれまで1冊も本を出したことがない人でも、
初版5000でスタートしましょ、ってなレベルなのだ。

頑張れ、ブラジル!
頑張れ、イタリア!!

ま、そーゆーのがあるから、
日本では小説での問題提起は往々にして埋もれちゃうが、
ドイツでは光るのかな?

と、最初は思ったんですが、
もしかしたらそればっかりでもないかもしれない。


はっきりいってしまいますが、これ戦争責任の話なんです。
そんでもって、戦犯をどう裁くかという。

ね?
日本人なら、ひっかかるでしょ?

正直、腐人はこれに対する回答を持たない。

っつか、わからない。

よく「責任をとる」って言いますよね?
まー一番よく使うのは、デキたときか。
あとは、仕事のミス?

例えばデキちゃった、なら、社会的責任、
結婚をし、親となって、子供を育てる、が、
「責任をとる」なんだろな。

ゆってもやりきってない人もたくさんいるが。

例えば仕事のミスなら、
そのカバーと補填とお詫びか?


でも、政治家やら、企業の人がよくゆー
「責任をとって辞めます」。

これになってくると、よくわからなくなってくる。
それって、ケツまくって逃げると、どう違うわけ?

それから、日本でよくある「責任者がわからない」状態。
結局、トカゲの尻尾きりや、うやむやで終わることが多い。


通常でも、そうだってのに、
戦争という異常事態になったら、
「責任をとる」は、具体的にどうしたらいいのか、
腐人はよくわかんねぇんだよなー。

例えば、昨日のソマリのように

「ヘール(掟)に従いディヤ(賠償金)を払ってヘサーブ(精算)する」

こういった世界共通のルールが確立されてれば、
感情論はともかく、片がつくと思うのだ。

一応、それは、ドイツについてはニュルンベルグ裁判で、
日本については東京裁判で、ついたとなってるんだろう。

いろいろ批判はありますが。


でもって賠償についても、腐人は近現代史がアッパラパーなので、
詳しい人にきくと、国家間では支払済みだという。

しかし、これはあくまでも国家間なので、
相手側にわたったのちの賠償金分配についてはわからないとのこと。

ふぅん・・・なーるほどねぇ・・・。


ただ、それ以降の対応について、
日本とドイツは、なんか違いがある気がするんだよな。


腐人の乏しい知識の限りですが、
確かドイツは、ナチの戦争犯罪については時効はなしで追求する、
としてたと思う。

それに、国そのものが、「ナチ」に関係しそうなこと、
「ナチ」をにおわすものについて、
ものすごく強く取り締まりをしていたと思う。


一般の犯罪においても、結局は、
被害者が加害者を赦す気持ちにならない限り、
どんな刑罰がくだったとしても、終わりはこない。

その赦しが、どうすれば生じるのか、
それには正解がない。

どんだけ被害者に尽くしてもダメな場合もあれば、
加害者に全く反省の色がなくても赦す被害者もいるだろう。


しかし、一般裁判をみても、
加害者が反省し、再発させないよう努める姿をみせることが、
一番であるのは間違いない気がする。


ドイツのその「ナチ」に対する姿勢、
たとえ、そこに今回の小説のような「穴」をみつけても、
その後、自ら修正しようとするその姿勢に対し、
日本はどうなんだろう。

腐人は、恥ずかしながら、そういった知識が全く欠けているので、
もしかしたら実際にはそういうことが行われているのかもしれない。

でも、日々のニュースのなかで、
そういったことを聞いた覚えが全くないのだ。

実際、どうなんだろうか?

非道な行いをしたといわれる日本軍の将校らを、
訴追する機関があるのだろうか?

時効なしで彼らを追い詰め、つかまえて、刑罰を与えているのだろうか?

不当に財産をうばわれた方々の美術品などを、
追いかけて、取り戻してあげてるのだろうか?



日本の過去について、
周辺諸国とずーっとくすぶりが続いている。

好きとかきらいとか言うレベルはどーでもいいのだ。

そうではなく、自らが正し、自らが再発させないようにしているという、
その姿勢をみせてるかどうかが、
戦争責任をとるという点で肝心なんではなかろうか。

それに対し、ドイツに見習うことはないのかなぁと、
ちょっと考えてしまった本でした。

以下、読書録。

えーっとタイムアップのため、昨日保留の
『やさしい悪魔』は、また先送り。

かつ、今日の分もカウントのみ。

●11日
(462)BL/ディアプラス 『恋するソラマメ』 久我有加
[ 2013/05/12 ] 腹黒読書録 | TB(-) | CM(-)
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