或るアホの一日 HOME > スポンサー広告 > スポンサーサイト> 腹黒読書録 > 医療と自己責任から思考の流れのままに
06 | 2017/07 | 08
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -




スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

医療と自己責任から思考の流れのままに

まずは、『再生医療の光と闇』
タイトル長いので、以下『再生』とさせていただきます。

再生医療といえば、もはやIPS細胞を使った治療でしょ?
といわれそうだが、実はもうちょっとある。

(1)受精卵の使用
 受精卵=生命の誕生とみなす流れから、
 このやり方は、ほとんどの国でNGとなっている。表向きは。

(2)幹細胞の使用
 自分の細胞を増殖させたり、堕胎胎児の細胞を移植することで
 ALSなどの難病や、糖尿病や腎臓病といった慢性疾患を治療する
 というか、できんじゃね?という思考。
 よくなったという話もあれば、
 効果があったというエビデンスはないとも。

(3)IPS細胞の使用
 先日、疾病を限定して認可がおりましたな。
 どんな結果がでるんでしょうねぇ?


『再生』では、このうちの(2)を主にとりあげてるんだが、
「え?でも、日本じゃそんな治療できないんでは?
 認可されてないでしょ?」
と思われるかもしれない。

確かに認可はされちょりませんが、
できないなんてことはございません。

ってか、むしろ韓国の人がわざわざ日本にやりにきたぐらい
日本はできる国だったりするんです。

ってのも、日本の医療制度には、
医師の裁量で認可されてない治療が行える
「自由診療」の枠がある。

そんかし、全部自費だし、まだ実験的段階なので効果の保証はできませんよ?
と言ってくれるかどうかはわかりませんが、
そういうレベルでもいいならば、という話だが。

ま、そういう前提でですね、
自分の脂肪からとった幹細胞を培養し、
それを点滴することで、慢性疾患を治しましょう!
ってなことを韓国の会社のRNLバイオが始めたんですわ。

しかし、韓国では細胞を培養するのはOKだが、
それを体内に戻すのはNG。

よって、そこがフリーダムな日本に、
京都ベテスダクリニックっちゅー病院をたてた。

そして、韓国で細胞をとり、培養し、日本に渡って、
培養した細胞を点滴するってことをやっとったんですが、
培養された細胞ってのは、凝固しやすいんだそうで、
この治療を受けた患者が、点滴からほどなく
肺塞栓と思われる症状をおこし、亡くなった。

また、この会社は中国でもやっとったんですが、
そこでも死亡例がでて、ついには上場廃止。
最近のニュースでは、会長逮捕とかもきこえている。

というと、韓国の会社が悪いだけに聞こえますが、
ドイツでも同様のことをしていた幹細胞治療施設XCell-Centerが
死者をだしたのち、破産申請している。

『再生』では、上記の経緯についてもっと詳しくあるので、
ご興味がある方は本書をどうぞ。

と、そんな感じのが、『再生』の前半部分。

後半部分は、効果があったというエビデンスはなくとも、
いくら払ってでもよくなりたいと願う難病や慢性疾患患者のお話。

いろんなケースが紹介されてるんだが、
中には、自分がこれでよくなれればそりゃいいが、
例えそれがかなわなくても、この病気を根絶するために
自分は実験台になってもかまわないのだ、
だからもっと早くいろんなことを試せるようにしてくれ
ってな意向もある。

これもまた、詳しく知りたい方は本書をどうぞ。


と、なんでさらっとまとめちゃったかというと、
腐人自身は、なにやったって、どうせ人はいつか死ぬんだから、
そんなの、自分の命と自分の金でしょ?
したいようにしたらええやん、と思っているからで。

はっきりいって、大枚はたいたが、どうもだまされたっぽい、
なんて話、どうでもいいのだ。
だって、その可能性も含めて、自分が選んだんでしょ?
ちゃうの?

そらね、『サルファ剤、忘れられた奇跡』にあった、
アメリカでFDAが強い力を持つに至ったマッセンギル事件、
あれを思うと、認可とか規制があったほうがいい、
ような気もする。

でも、ついこないだ話題になった子宮経ガンの予防接種、
あれも、お上がゆーけーやったのに・・・ってなってない?

そう思うと、認可とか規制というのは、
個人の思考力と自己責任感を剥奪するもんなんだな、
と思ってしまうのは間違ってるんだろうか。

情報が入手できなかったサルファ剤の時代と違い、
今は、手に入れようと思えば、かなりのレベルの情報まで
個人レベルで入手できる。

『再生』の後半にでてくる患者たちも自分で情報を入手して
移植を受けに他国に出向いている。

そう考えると、認可って今の時代、いるの?
とか思うのだ。

だって、もし、医療に保険適用とされる認可がなければ、
どうだろうか。

人はもっと自分が受ける医療について、
要不要や、予防を考えるんではないか?

人はいずれ必ず死ぬ、ということを、
もっと自然に受け入れるのではないか?

そして、自分の最期のありようについて、
最終的に面倒をかける家族等と話をするんではないか?


ってなことを思っていたところに読んだのが、
『医療にたかるな』
こちらも以下、『医療』に略させてもらいます。

正直いえば、腐人のような甘ったれには、
ものすごく耳が痛い本です。

こちらも概要を先にざっというと、
財政破綻で有名になった夕張市の
旧市民病院立て直しに奔走された先生のご本。

この手の話では、単なる行政批判が多いですが、
こちらはそれにとどまらない。

そもそもある住民のたかり体質、
既得権益を守ろうとする政治や行政、
自分が思うストーリーしか報道しないメディア
責任回避と権力を得ることしか考えない医療従事者、
ゆがんだ権利意識が強い市民など、
タブーなんぞ知らんわい!とバッサバッサとやってくれる。

まさにおっしゃるとおりだから、他人事として読めば、
非常に小気味いいんだが、
時折、「うっ・・・」と、自らの胸に突き刺さる矢がある。

「治す気あるんですか?」
って、ええ、オステの先生に毎回言われておりますですよ・・・(-_-;)

薬依存、治療依存で、自らの生活を正そうとしないことが
一番、医療費をかける行為なんだってのは、
言われてみれば確かにそう。

ああ耳が痛い・・・。


国民一人一人がこの本を謙虚な気持ちで読んで、
心と生活を入れ替えれば、かなり変わることが多いんだろなー
と思います。


が、人はねー、ムチにはなかなか慣れないが、
一度覚えたアメの味は忘れないものなんですよ。

そういや腐人は、これを読んで初めてそうだったのかと
知ったのですが、夕張って、
家賃も医療費も光熱費タダだったんだそうで。

これは炭坑時代の名残で、
破綻したから、これからは払ってよというと、
住民の方の返事は、やだ。

でまー当然っちゃー当然なんだが、医療費がタダだと、
あっちが痛い、こっちが痒いで、
すぐに医者にかかり、薬くれ、治療しろ、となる。
原因が生活習慣にあるってわかってても、
この状態だと習慣を直そうなんて欠片も思わないんだよね。

というのも、腐人も一時期、
医療費がかからず、いくらでもみてもらえる状態になったことあるのだ。
そうすると、すぐに依存に慣れ(逆はそうでもない)、
ちょっとしたことで、すぐ医者行くかーとなる。

これ、実体験としてよぉっく知っているのだ。

なので、この住民の気持ちはわからんでもないんだが、
それは、すごく特殊なことなんだよね。
普通じゃない。
だから、夕張は破綻した。


そういえば、これを読んで、
前から夕張報道に感じてた違和感の正体がわかった気がする。

っても、腐人が触れたもんなんてたかがしれてて、
明らかに夕張をモデルにしたであろう
佐々木譲さんの『カウントダウン』や、
夕張市の鈴木市長が「コンパクトシティ」構想を唱えたとき、
NOという住民がいたという程度のもの。

でも、そこには、破綻しようが、
自分が今もってるものを保持しようとする姿がある。

なのに、世間で垂れ流されてる報道では、
行政の浪費、放漫財政が破綻を招き、
なにもしてないのに、サービスを一方的に奪われる住民が
かわいそうだ、という色になっている。

いや、でもさ、
住民が「なにもしてない」のがいかんのではないの?

放漫財政にGOをだした議員を選んだのは住民でしょ?
行政の浪費をオンブズマン制度で監視しなかったのも
住民でしょ?

だったら、ツケを払って当然だろう。

でもって、じゃぁ、この制限されたなかで、
こうやりましょう!って知恵を出してくれてる人に、
やだーって、3歳児か!

と、腐人は思ってたんだよ。

そうやってみだすと、その報道の仕方、おかしくね?と思うのね。

ぶっちゃけ、腐人は、住民が現状を保持したけりゃすればいいと思う。

ただし。
その代償として、全てを自らの金と労力と時間で払うなら、だが。


でも、それゆーと、あれもイヤ、これもイヤ、
元の通りのアメちゃんジャブジャブ状態に戻せっちゅー、
どこみて話してんねん、ってやつになんのよねー。

結局、これも、
民から思考力や自己責任感を奪った結果が
まねいたもんじゃないのかなぁ。


腐人は多分にリバタリアン気質があるので、
もう全部とっぱらって、すべて自己責任にしちまえば?
ってな気がせんでもないんだが、
『医療』では、そんな暴論ではなく、
いくつかの現実的提言が行われている。

そのうちの腐人の興味をひいたものだけあげると、

●「ニーズ」をきちんととらえること

そもそも「ニーズ」とは、
次世代や他人のことも考えた要望のことであり、
住民の意向の全てがニーズではない。

例えば、
「小児救急を夕張に作れ」は
ニーズか、それともウォンツ(個人的要求)か。

ある研究結果によれば、小児科までの距離と死亡率は無関係。
※出典知りたいかたは本書をどうぞ。

子供の死亡原因の一位は、不慮の事故である。

よって、これは、安全と安心の履き違えであり、
子育ての責任と不安を
医療に丸投げしたい気持ちからでた要求にすぎない。

でも、小児救急にかかる莫大な経費を
自分たちで負担する覚悟があるならしたらいい。

と、『医療』にある。
なるほどねぇ。


●ビュルトツォルホ

オランダ在宅ケア 派遣看護師の組織。
詳しくは書きませんので、
ご興味あるかたはお調べください、
ですが、非常に興味深い。

リーダーを置かずフラットな組織構造となっており、
それにより、医療従事者の責任回避志向
(なんかあって医療訴訟されても困るからCTとっとこうか
 →で、大量の放射線を浴びることになる)や
権力欲
(これは一般企業なんかでもよくみられる話で、
 俺はきいてない、俺を通せ、まず書類をあげろってあたりか)
をなくすことができる。



「ニーズ」と「ウォンツ」をわける、は、
サービス業においても言える話だと思う。

ってか、最近、ここがごっちゃになって、
いろんなところに「モンスター」が増えてる原因に
なってんじゃないのかと思うんだがなー。


ところで、この建て直しの最中に、
村上さんはメディアといろいろあったようで、
塩野七生さんがおっしゃってた、メディアとは、に
大いに賛同なさっていた。

それがおもしろかったので、ちょっと引用。

(メディアとは)
1 何かが起こらないと報道しない。

2 悪いことならば何であろうと取り上げるのに、
  事態がうまく進んでいるような場合だと、
  報道心を刺激されないのか、
  取り上げられることはなはだ少なしになる。

3 自分の国や自分自身が興味をもつことしか報道しない

4 とはいえ報道人も職業人なので、
  毎日何かを書き言わねば仕事にならない。
  それで何もないときは予測記事を垂れ流す。
  それがまた、たいていの場合的をはずれている。


に、村上さんの付け加え。

5 予測記事が外れないように、事件を作っていく

どうしてこういいきりたくなったのか、については、
『医療』本書をお読みください。

これは、先日の真保裕一さんの『正義をふりかざす君へ』
通じるもんがあるなぁ。
あれも、まさにそうだった。

個人的には、この本の訴えは、非常になるほどなーと思うし、
よくぞ、ここまで言わはったなと感心するし、
こうやって戦いつづけてる姿勢はすばらしいと思うが、
不名誉な件で名が知れちゃったのは、残念だ。

他人様の生活習慣指導も大切ですが、
ちゃんとムスコの生活習慣も躾けましょうね。


えっと、
(717)マンガ 『ハイキュー!! 7』 古舘春一
(718-)マンガ 『BANANA FISH 2-19』 吉田秋生
は、また先延ばし!



で、話がコロリと変わりますが、
『小説トリッパー summer』の「私を変えたこの一冊」。

正直、木原音瀬さんの文なら、どんなもんでも読みたいな、
ってな思いはあるが、
雑誌追っかけは無理ってのが、腐人の線引きだ。

だって、それやりだすと、時間も金も収納スペースも
どんだけあっても足らなくなるんだもん!

でも、これだけは、読んでみたくて手を出した。
というのも、テーマがテーマだったからだ。

いったいどういう本を木原さんが紹介されたのかが、
すごく気になったのね。

紹介されていた本のタイトルはここに書きませんが、
腐人は未読の本だった。

こういう場合、どういう本なのか読んでみたくなるもんなんだが、
これは・・・・・・間違いなく、今、読むのは適さない。

食べ物に食べ頃があるように、
本ってもんにも、読み頃があるのだ。

それについては、確か昔、菅野彰さんが『赤毛のアン』で、
そういう話をしてたかと思うけど、
腐人も同じく、『アン』を読んでない、
恐らく永遠に読めないまま死ぬ人だ。

そら、字面を追うだけなら追えると思う。

でも、その世界には入れないし、共感はできないし、
「ケッ、バカな子どもが、目ぇあけて寝言ゆーとるがな」
ってな視点でしか見られないのだ。

読み頃、つまり、自分自身がそれを受け入れられるタイミング、
そのときに読まなければ、
その本は、どれだけ字を追っても、上滑りして終わってしまう。

今回、木原さんは、初読のときにものすごくハマった記憶だけを持ち、
再読をされていたが、
この初読の印象があるとないとでは大きく異なってくる。

初読の印象があれば、
「あ、たぶん、昔の私はここがフックになって
 この物語に引きずり込まれたんだな」
ってのが、うっすらなりと見えるのだ。

そうすると、アリスがウサギ穴に落ちたように、
すっとその物語に入れる。

でも、その印象がなく、読み頃を逃して読むと、
いつまでたってもウサギ穴がみつからないので、
テレビで、共感できない映画をみてるような感じになる。

「うー・・・全然おもろくないねん。
 チャンネル変えてぇ!」
って感じをずっと引きずりながら見ることになるのだ。

と、ダラダラ書き連ねましたが、
未読本だったからこそ、もし読み頃に読んだら自分がどう思ったか、
タイムマシンがあったらやってみたいなぁと思う。


だがしかし。

木原さんによる内容紹介を拝見していると・・・・・・、
読み頃(学童~思春期ぐらいか)に出会っていたとしても、
果たして腐人が手を出したかどうか・・・。

こんな繊細ちゃんな気持ち、
「ケッ、これだから都会っ子は面倒くせーんだ」
で片付けてしまっていたような気もする。

そう・・・腐人はどっちかっちゅーと、
『青葉学園物語』とか
『バカラッチ隊シリーズ』を読んで
ぎゃははははと笑っていたクリーク側の子なので。

どっちかっちゅーと、このあらすじを読み、
彼がその後、どんな大人になって、どういう人生を歩んだのか、
それが気になってたまらない。

え?
そりゃもちろん、腐人を愉しませてくれる方向へ、
道をすすんでくれてると思ってますが。

もしかしたら、
『秘密』の啓太が
その未来像に近いのかしらん??

どうでしょう、木原さん(^_^メ)。

以下も読書録。

●6日
(736)BL/シャレード 『遅咲きの座敷わらし』 海野幸
  なーんつったらいいのかね。

  腐人は遅々とした歩みではあるが、
  恐らく海野さんの作品をデビュー以来、全部読んでいる。

  で、思うのが、悪くはないんですよ。
  でも、なんか、最初から見えてんなぁ・・・って気がする。

  前にも書いたと思うし、何度もゆってる気がするが、
  腐人が本に求めてるのは、いい意味での裏切りだ。

  え?えええ??ちょっと待ってよ、どーなるの!?
  と思わせて欲しいのよ。

  でもさ、登場人物が一通りでてきて、
  年に1度の運動会っちゅー伏線がひかれた段階で、
  おおよそんとこがみえてきて、
  それが寸分違わずその通りでオチる。

  そこを!裏切って欲しいのよ!!

  それがないんだよなぁ・・・。
  この予定調和感は、
  腐人分類としては、岩本薫さんと同じか。
  
  
  これは、腐人の勝手な予測だが、
  キャラクターの肉付けをするよりも、
  恐らく、最初に筋ありき、なんでないですかい?

  だから、ストーリーにあわせたキャラクターに
  なってしまってる気がする。

  ストーリーを作りこむ前に、
  キャラクターを作りこんでみたら、
  ちょっと変わるんじゃないのかなぁ・・・。

  それにしても
  これでよかったよかったにしていいんですかねぇ?

  どうせなら、戸籍までつくってくれりゃーええのに、
  もっと強欲に願いを連ねろ!!
  なっちょらん!
  
[ 2013/08/07 ] 腹黒読書録 | TB(-) | CM(-)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。