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『アシュリー事件』について

まだあんまり消化できてないんだが、
ずるずる延ばしてもアレなんで、
やっちゃいましょう。

ま、むしろこねくりまわさず
率直に書いたほうがいいかもしんないしな。

まず、書誌情報を再び。
(1119)一般本 『アシュリー事件 メディカル・コントロールと新・優生思想の時代』 児玉真美

腐人は、この本読むまで「アシュリー事件」って
全く知らなかったので、
その概略から。

2004年、アメリカのアシュリーちゃんという
6歳の重症障害児に、両親の意向で
医師の手により、以下の医療行為がなされた。

1)成長抑制のためのエストロゲンの大量投与
2)子宮の摘出
3)乳房の摘出

このなかの子宮の摘出が、法的にひっかかった。

…っても、別に誰も罰せられてはないのかな?


簡単にいえば、こういう事件。
あ、まだ正常な盲腸もとったので、
それもいれるべきか。

まーそれから9年経過した今では、
アンジェリーナ・ジョリーが乳房やら卵巣やらを
病気の予防で摘出する時代になっとるんですが、
アシュリー事件の最大の問題点は
摘出対象者が、摘出を自分の意志で決められる状態でないこと。

それ以外にも問題点は複合的に山盛りなんですが、
ここは本の感想をかくところなんで、
その流れで書かせてもらいます。


ってことで、本書についてなんですが、
はっきり言えば。

読みにくい!!
文章が、ではないところで。

どーゆーことかといいますと、
腐人としては、こういう賛否両論がでて、
また次々に派生的な問題がでてくるようなテーマは
俯瞰視点で、問題点を整理して、双方の理屈をまとめて
あなたはどう思います?と提示するスタイルがいいのだ。

そこに感情論はいらん。

整理されたいろんな感情抜きの意見を
多角的にみることで、
自分なりの意見ってのが、まとまってくるから
余計な情報はできるだけそぎ落としてほしいのだ。

それがですね、
この著者の方ご自身が、重症重複障害児の親御さんなため、
どうしても感情が表にでる。

アシュリーの両親や肯定派は
この療法を一般化しようとされるんだが、
それを阻止しないと!!の一念が随所にでてて
正直、うるさい。

余計な情報はいらんのだがなぁ…。

ただ、ところどころなんとも?な違和感を
感じるところがあり、
なんでだろうと思っていたら、
最終章で、ご自身の気持ちについて触れており、
とめなければという思いがある反面、
うちの子にも!
どれだけ介護が大変かやってる立場になってみろ!
とする親御さんの気持ちもわかり、
自分自身がいまだに引き裂かれている、とある。

なるほどね、その混乱がそのままでてるわけか。

なんつーかなぁ…
ブログをまとめたもんかもしれんが、
これさ、本にするってことは、
もっと一般認知してほしいってことでしょ?

そうすると、障害学なんてもんにカケラも
興味も知識も無い人でも読んでほしいならさ、
読みやすさ、わかりやすさを重視した文章構成にせんと。

編集さんからそーゆーアドバイスなかったんか??

個人的に、ここらへん、すごくもったいないと思う。

もし、本当にこの事件を皆に考えてもらいたいなら、
そういうルポルタージュをまとめるのがうまい方に
まとめたものを出してもらったほうがいいと思うが。


で、中身ですが、非常に問題が多岐にわたるので、
その中で突出したものをとりあげてみる。

まずは最大の問題、
「子宮の摘出、乳房の摘出といった
 取り返しがつかない手術を、
 親(介護者)の意向でやっていいものか」。

上記に「法的にひっかかった」とあるのがここの部分で、
要はナチを考えてもらったらわかりやすいんだが、
そうやって障害者だからと摘出しちゃうのは
優生学という名の障害者差別だと法規制があるんですね。

で、アシュリーちゃんは親が弁護士には確認したが
裁判所の許可をとらずにやったので問題になった。

この手術が後日、
「じゃ、また元に戻しましょうか」とできるもんなら
また話が違ってくるんだが、そうじゃないし。

でも、介護者の本音でいえば、
生理があり、生理痛があり、
レイプ・妊娠の恐れがあり、
病気になる可能性があり、
なぜダメなの!?ってところだろう。

実際、腐人は事件名を覚えてないが、
アメリカのCBSドキュメントで、
施設にいる重い障害がある女の子が
父親のわからない子を次々に妊娠し、
親が子宮摘出を裁判所に訴えでたってな話を
見た覚えがある。

かなり前の記憶なので、若干の齟齬はあるかもしれないが
まぁありえない話じゃない。


それから
「成長抑制のためのエストロゲンの大量投与という
 非常に実験的な確証のないことを
 これまた親の都合でやっていいものか」

これはもうちょい説明すると、
エストロゲンという女性ホルモンを大量投与することで
もうこれだけの女性ホルモンが分泌される身体になったので
成長しなくていいんだよと、誤認識させることで
身長を伸ばさせないようにすること。

アシュリーちゃんは自分で飲み食いできないので
経管栄養、恐らく胃瘻で栄養摂取してるので、
太ることは無い。

でも、普通に成長したら背は伸びる。

そうすると、床ずれを起こしやすくなるし、
移動させるのに、介護者の負担が増える。

これをすることで、本当に成長抑制になるかは、
アシュリーちゃんが実証したため、
その点は、プラスだろう。

ただまー、この問題全体に対していえることだが、
「できるから、効果があるからといって、
 やっていいかどうか」

は、別だ。


ってかね、この問題、これにつきると思うのよ。

「できるから、効果があるからといって、
 やっていいかどうか」


これさー腐人の意見を言わせてもらえば、

やりたい人はやればいいし、
やりたくない人はやらなきゃいい。
そんだけじゃね?

である。

この本を読んでてずっと感じてたのが、
安楽死問題や老人介護問題との類似だ。

だから障害者の周囲の人たちだけの問題じゃないと
腐人は思うんだけど、
なんで、もっと一般化に置き換えたりして
危機感をあおらなかったのか。
もったいない…。

あ、話がずれた。

安楽死問題や老人介護問題との類似に話もどしますが、
自分が自分の意思を伝えられない状態になったとき
どうしますか?ってのは一般的にも考えうる話だ。

そのときにどういう状態まででも生きたいのか。

ひどいことを言いますが、
このアシュリー問題、しょっぱなに
「これはアシュリーの尊厳の問題であることは
 賛成派も反対派も共通に認めてる」
ってな感じの文章があるのね。

ではもし腐人がアシュリーであれば、
その尊厳をどう認識するかといえば。

「尊厳というなら、とっとと死なせてくれ」だ。

ま、これは腐人自身が生きることに懐疑的であり、
生きてることは素晴らしいなんて1ミリグラムも思ってなくて
ニンゲン不要論者であることが大いに関係してるだろう。

ただ、そういう考えであるので、
アシュリーちゃんは死にたいと、
こんな状態で生きたくないと思ってる可能性は?
ってなところを無視して始まってる議論そのものが
おかしいんじゃない?と思ってる。


なんつーか、
「できるけど、やらない」のと
「したいけど、させてもらえない」って
最終表現は、両方同じ「実現しない」なんだけど
その中身は、天と地ほどの開きがある。

腐人は、安楽死問題や老人介護問題で、一番あかんのは、
「したいけど、させてもらえない」だと思ってる。

したいんやったらさせたらええやん。
これは同時に、
したくないんやったらやらんでええ、だ。

どっちも、その決断も、その後の負担も自己責任。
そうすることに何の問題がある?
と腐人は思うんだが、
なんでそうならんのかが、理解できない。

要は自分が強くありさえすればいいだけなのに。

なんでこー他の意思を認めようとするところから
あかんあかんゆーのだろう。

なんか異様に前例をつくることを避けてないか?
と思うのは、
前例主義のお役所に依存してるところが大きいせいか?
と思うのは、うがちすぎだろうか?


そりゃ金銭面で
やりたくてもやれない場合もあるだろう。

腐人は、まず、自分はどうしたいかがありきで、
その上で、じゃぁこうしましょうってな社会の援助があるべきだ
と思うんだがなぁ…。


ただまぁ、この問題、先走る人が出るのは確かで、
例えば、重度の障害者が発作を起こし、
自発呼吸もままならなくなりました、
というときに、
そのまま生きててもQOLが明らかに低いので
もう治療をやめて、その臓器を移植にまわしましょう
とやるのは、やりすぎだとは思う。

っつっても、腐人は、ここでももっとも重要視すべきは
自分はどうしたいかだと思うんですがねぇ。


とはいえ、
この「自分はどうしたいか」を表せない障害児問題は
過去に意思表示をすることができた
安楽死や老人介護とは違ってくる。

腐人は健常で「生きる」ってことを知ってるから、
上で書いたように、そうなったときは
「とっとと死なせてくれ」と思うけど、
健常で「生きる」ってことを知らなければ
どう思うかはわからない。

これは、それこそ
『アルジャーノンに花束を』の領域だ。

であれば、その実質的負担がかかってくる人が
判断して決めたらいいんじゃね?と思うんだがなぁ。

人それぞれ価値観も状況もちゃうねんから
そこに押し付けがあってはいかんと腐人は思うんだがなぁ。

まぁ、他にもいろいろ派生的な問題が
書き連ねられてるので、
ご興味ある方は本書をどうぞ。

正直、それこそ百人百様 のご意見があろう。

腐人としては、
したきゃすりゃいい、
したくなきゃやらなきゃいい、
他人なんぞ知ったことか、
でも、その結果もすべて自己責任でうけとめてね
ってな社会になってくれたらええと思うけどね。


最後に本書に使われてた言葉についてですが。

あまりにも説明が不足な気がする。

例えば、重症重複障害児。
興味ある人じゃなきゃ
「重複」の意味がよくわかりません。

障害児だなと思うことはあっても、
この子は知的障害だな
この子は身体障害だな
この子は精神障害だな
この子は認知障害だな
まで、一般的には思わないと思う。

「重複」ってのは、この分野の違う障害を
複数もってることなんだけど、
そこの説明からほしかったなぁ。


あと障害者運動のスローガン
「親が一番の敵」。

これ、本文中では、
「家族から引き離されて施設に入れる親」
「介護に限界を感じて殺す親」
それを敵対視する、という点だけ書いてありましたが、
そうなんでしょうか?

ものすごくうがって読めば、
「こんな状態に生んだ親が悪い」
とも読めるんですが。

障害者運動についての知識が
「母よ!殺すな」という言葉がある
というぐらいしか知らない腐人なんぞは、
この「母よ!殺すな」に比べて
「親が一番の敵」という言葉は、
あまりにも意味が掴みづらい。

一般書として出すならば、
そこからの啓蒙を
念頭に入れてほしかったなぁと思う。

以下、読書録。

●30日
(1124-1127)マンガ 『ONE PIECE 68-71』 尾田栄一郎
  脳みそ劣化が著しいので、
  ワンピは正直、溜めて読まないと
  内容がわからなくなってきている。

  っつか、最終目的がはっきりしてるマンガなんで、
  途中経過は、大きく言えば同じことの繰り返し。

  夢もへったくれもない腐人なんかだと、
  なんでこんな効率の悪い殴り合いなんかやっとんだか。
  邪魔なのガンガン殺して排除して
  サッサかサッサ、最短距離で獲物とりゃいいじゃん…
  っちゅー思いになるが、
  まぁ、そうじゃないからルフィなんであって、
  麦わら一味なんであって、
  ワンピなんだろねぇ。

  にしても、このマンガで何が一番すごいかって、
  描き分けがでけとるって点でしょう。

  総登場人物数がどんなもんだかわかりませんが、
  半端ないのは確かだ。
  そこがすごい。

  アンパンマンとどっちがどうなんだろなー。

  どーでもいいが、
  ワンピの3億冊より
  アンパンマンの絵本の累計発行部数の6,800万部のが
  腐人はすげぇなぁと思うんだが、どうでしょう?

(1128、1129)マンガ 『色兼ネル 2』『ツーリングEXP. Euro 4』 河惣益巳
  河惣さんのすごいところは、
  よくもまぁ次から次へと思いつくなっちゅーとこ。

  で、それぞれに見事な大風呂敷を広げる
  そのストーリーテラーっぷりがすごい。

  恐らく常日頃からいろんなことに
  ご興味をお持ちなんだろな。

  で、まず『色兼ネル』だが、
  歌舞伎といえば、東か西、と思ってたので、
  へぇ…と思いながら読んでます。

  なんつーか、なんでもそうだと思うんだが、
  一人突出した天才がでると、
  なぜかその時代、その場所に
  才能のある人が集まるんだよなぁ。

  もうこのレベルまでいくと、
  出される料理を楽しむだけなので、
  次、早くだしてくれるといいなぁ。

  
  続いて『ツーリング』
  ヤボは言っちゃぁいけないが、
  シャルルとディーンっていくつだ?

  出会ってからかなり年数たってるとおもうんだが
  周囲の成長振りにくらべて、あまりに変わらない。
  ああ、うらやましい…。

  は、ともかく。

  恐らく心因性でしょ?
  一番やっかいだよねぇ。

  それにしても、
  ディーンが病院の待合室で待ってるって
  すっげぇ似合わねぇ…と思うのは腐人だけ?
[ 2013/12/01 ] 腹黒読書録 | TB(-) | CM(-)
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