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♪チ~ビは喜び 庭かけまわり~

腐人はこれから寝溜めする~♪

だって、今晩、フィギュア放映だもん!

それに外は大雪。
って、このくらいで大雪というと、
雪国の方に「はぁ?」と言われそうだが、
雪が1年に1度降るかどうかの土地でばかり
育ってきた腐人にとっては、大雪の感覚だ。

さっきちょっとでかけたんだが、
ずぶぶぶぶと足が沈み込むぐらいの積雪だ。

こりゃしばらくバイク乗れないなぁ…。

そんな状態ですが、ぽてぽて歩いていると、
ちびっちゃいのは、完全装備でわーわー走り回ってる。
元気だねぇ…。


腐人も、普段なら姫や王子につきあわされてるところだが、
今回は、静かです。

ってのも、もろもろ事情がありまして、
二人とも、今、腐人家にきたくても来れないんだな。

おかげで腐人は静かにフィギュアを見られるし、
深夜放映に備えて、寝溜めもできる。


フィギュアといえば、団体戦のペア・SPをみました。

腐人のイチオシは、ダントツでロシアなんだが、
今回、イタリアペアとカナダペアもよいなと思った。

滑ってるプログラムは好対照で、
イタリアは明るく軽ろやかなんだが、
カナダはしっとり叙情的。

それが超絶技巧と、豊かな表現でやられるもんだから
ペアの個人戦がすっげー楽しみになってきた。

GPシリーズ、
日本は日本で開催した試合しか
ペアやアイスダンス放映してくんないからねー。

二人で滑る分、世界の作り方とかが半端じゃなくって、
もっとこれを放映したらいいのに、
そしたら選手層が厚くなるんじゃないのかなぁ?
とか思ってしまった。

無理かね?

まぁ、体型的に、ペアの男子は
日本人男性には厳しいとこがあるかもしれない。

特にペアスピンは、男性の足が長くないとね…。
いろいろね…。

あと力技なんかも、ありゃかなりの膂力がいるもんねぇ…。


そーゆー意味ではまだアイスダンスのが入門しやすい??
こっちもリフトの問題があるけどさ。


この外国のペアやカップルをみてて、
つくづく思うのが表情の豊かさ。

今回、イタリアのペアの女性が
むちゃくちゃ美人なんですが(腐人好みー)、
この人が、アイスダンスの王者、デイヴィス&ホワイト組の
メリル・デイビスちゃん並に、
ずーっと白い歯をみせて滑ってる。

実際に笑ってるわけじゃないんだけど、
あの技を繰り広げながら、
あの表情を保ち続けることのすごさ…。

腐人的にはこの辺、
日本のこれからの若いスケーターたちに
ぜひ見てもらいたい。


そういや衣装の色の話ですが、
ウクライナのペアだったかで、
男性が、蛍光色きてたんですよ。

黄緑の。

したら、まー見事にどこいっても映える映える。
白バックでも黒バックでも。

でも、一方で、重みはない。
ケバケバしい印象になっちゃうんだよな。


そういえばペアではピンクが目を惹いた。

バックが白でも黒でも青でも、
蛍光ほど自己主張強くなく、映えるようになってるし、
かわいらしさと、軽やかさが出るし、
悪くないなーと思うけど、
本人に、似合うかどうかも忘れちゃいかん。

悪いけど、どんだけ中身が乙女でも、
むきむきマッチョな熊に、
ピンクは着て欲しくないの…。


ああ、誰かが表で雪かきしてるなー。

腐人は明日、買い物に出かけねばならんのだが、
無事、出かけられるんだろうか…。


以下、読書録。

●7日
(87)マンガ 『We are』 渡辺多恵子
  へ?
  『はじめちゃんが一番!』
  こんな番外編があったんか…。

  もう本編が記憶のかなたになっとるが、
  読んでみようと読んでみた。

  かろうじて、瑞希と亮は覚えているが、
  一哉ってダレだったっけ…?

  まぁいいや。

  それにしても
  ワイドショーの例の話を思い浮かべながら読むと
  月日のたつのは、早いやね…。

  個人的に大車輪を是非拝見したいです。
  ってか、DNAを考えると、
  瑞希は将来、ああなるのか…?

(88)マンガ 『昭和元禄落語心中 5』 雲田はるこ
  何階だったんだろなぁ。
  人がこんだけぶらさがっても足がつかないとなると、
  あの辺か?

  まぁ、下がどうも岩っぽいからなぁ…。
  あれが植え込みだったらまた違ったかもしんないが。

  今回、思わず考えちゃったのは
  師匠の落語と心中ではなく、
  樋口栄助センセ。

  「解説のいらない大衆文化としての寿命は
   大体50年」

  「それ以降は残ったとしても
   大衆のものではなくなってしまう」

  腐人は本が好きなので、
  こーゆー話になると、
  どうしても本の未来を考えてしまう。

  マンガをそれこそ「鳥獣戯画」から考えたら
  50年どころじゃないが、
  大衆のものであり続けている。

  いわゆる神様・手塚治虫様のストーリーマンガからを
  マンガと捉えたとしても、
  それも50年を超え、
  腐人はこれからも、人とともにあり続けると思ってる。

  そーなってくると、
  じゃぁ「文化」の定義はなんなんだって気になる。


  昔、宗教の時間に、
  主の祈りにある「日用の糧」とはなんだと問われ、
  「衣食住に関係するもの」と答えたら、
  「人はそれだけで生きられますか?」
  と訊かれたことがある。

  そんときは「生きられます」と答えたが、
  確かに、ただ「生息する」ってだけなら
  これでいい。

  でも「いきる」となると、
  たぶん人はそれだけじゃダメなんだろう。

  文化ってのは、「それだけじゃダメ」なときに
  必要なもんなんだろなーと思う。

  だから、それはその時の人のニーズによって
  変わっていかざるを得ないもんであり、
  いくら師匠が心中しようと思っても、
  そう簡単には心中させてもらえんのとちゃうのかな?

  久保田一竹さんが「辻が花染め」をよみがえらせたように、
  伊藤瓢堂さんが「七面焼」をよみがえらせたように、
  同じものではないかもしれないが、
  人はその領域をめざして、
  そこに繋がるものを求め続けるんじゃないかなぁ?

  たぶん、それが人の「性」な気がする。
[ 2014/02/08 ] 観戦&読書録 | TB(-) | CM(-)
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