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安楽死と尊厳死と自終死と崇高死

の前に。

小町をみてたら、
「大人のハロウィンのばか騒ぎにうんざり」
ってのがあった。

腐人もニュース映像に嫌悪感を覚えたくちだが、
そのレスをざざざっとみていて、
どうも、ハロウィンとはなんぞや、について
ほとんど知識が広まってないんだなぁということに気づく。

まーそんなんゆーたらクリスマスかて、バレンタインかて
ただのイベントデーになっとるけど、
『英国・欧州妖異譚』シリーズの愛読者である腐人としては
ハロウィンは、こだわりたい。

ハロウィンは、ケルトのサウィンだよねぇ。

でもま、そんなことゆーたら12/25も
別にキリストが生まれた日ぃちゃうし。

まー、なにをどーゆーても、やりたい人はやるんで
かってにやったらええと思う。

が、これは言いたい。

マスコミよ!
それを全国ニュースにのせんじゃねぇ!

一部のアホを、
まるで日本のすべてがそんなかのように、
世界に喧伝せんといて。



さて。
ちょい前に、
アメリカの女性が、私は11/1に死ぬ、
と宣言したことが話題になった。

今日は、それを起点にした「死」の話。

腐人としては、「死をどう迎えるか」は
とても興味のあるテーマなので、注目してた。

が。
今回は、ものすごーくメディアがとりあげていて、
「なんでいまさら」感があったのは事実だ。

だって、このブログでもとりあげたが、
もう3年ぐらい前に、「らばQ」というサイトで、
「余命51時間だけど、質問あるかな?」
という海外掲示板の紹介があったのだ。

http://labaq.com/archives/51607978.html


でま、今回も、この件をらばQが、
らばQらしい視点でとりあげてて
海外の医療従事者さんたちのコメントを紹介していた。

http://labaq.com/archives/51837879.html

URLをはっつけとくので、ご興味ある方はどうぞ。


それに対して、日本はというと、
うーん・・・・・・
正直、お粗末な議論しかでけてへんなぁ
と思ってしまった。

まぁ、これをきっかけにもっとつっこんで議論をし
法整備などしてくれりゃーええんだが。


まず、用語の話をしましょうか。

日本で、「安楽死」といわれてるもの。

重い病気や障害などで、末期状態になり、
耐えがたい苦痛がある。
そういう患者さんが自ら死ぬことを希望して行うこと。


同じく、日本で、「尊厳死」といわれてるもの。

延命治療などの医療行為を行わず、
そのままなにもしなければ死ぬという状態を
継続させて、死を迎えること。
俗にいう、自然死。



この2つの一番大きな違いは、積極性。
簡単に言っちゃえば、
「安楽死」は死に積極的で、「尊厳死」は死に消極的。

そのため、「安楽死」までが認められてる国は、まだ少なくて、
アメリカ(一部の州)、スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグのみ。

特にスイスでは、外国人希望者の受け入れもやっているが、
どうもそれが増加傾向にあって、問題化されている。
自国でやれよって話ね。


で、今日のタイトルに使ってる残りの2語、
「自終死」と「崇高死」ってのは、腐人の造語。

「自終死」ってのは、安楽死をもっとすすめたもの。

別に病気だ末期だ苦痛だなんだの条件もなく、
お金や病気、人間関係などいろんなことを心配しながら、
「早くお迎えがこないだろうか」
と日々思い悩む生き方なんてやめて
自分で最後の日を決めて、身辺を整理し、
じゃ、さよならーと言って死ぬ。
そういう、
自分の人生を、始末のいいものにしよう
という案


詳しく知りたい方は、過去ブログ
「「自終死」ってどうでしょう?-『人が死ぬということ…必ず起こる!弔いの「想定外」悲喜劇』」
2014/07/29
をどうぞ。

余談ですが、腐人はこれを狙ってます。
もしくは、スイスのディグニタス。


で、「崇高死」ってのは、
今回、テレビでいろいろでてきた意見の中で
尊厳死を反対する人が、ゆーてはった意見に
「は?」と思ったので、考え出した言葉。

記憶頼りなんで、主旨のみ汲みとって欲しいんですが
こーゆーことをゆーてはったんです。

延命治療を拒否する死に方を「尊厳死」といわれると
その反対にあるものは、「見苦しい死」と思われる


って。

だったら、自分たちの選んだ死に方に
別の名前を付けたらええんちゃうの?
と腐人は思った。

ってか、本質的な議論そっちのけで、
なに、ぐちゃぐちゃこだわっとるのかと思えば
そこかい!くっだらねー・・・(--〆)
と思ったのは、腐人だけだろうか・・・。

ま、それはひとまずおいといて
解決策を考えてみた。

よーするに尊厳死を選ばない人ってのは
最後の最後まで、病気やら障害やら、
もっといえば、生物には必ず訪れる「死」に
抗い続けてるってことやん?

ほんで、「尊厳死」と同じぐらい響きがええ言葉やったら
満足っちゅーこっちゃよな?

ほな、「崇高死」ってどうよ?と。

最後の最後まで、生きることを阻害するものと
崇高なる戦いを繰り広げて死んでいきはった
んよー
ってことで。

中身もある、響きもよし、
まぁ、もっとええ言葉がある!ゆーんやったら
好きにつけたらええけど、
とりあえず、今、ここではそう命名させてもらう。

せやないと、話がすすまんからね。

まぁ、あと、
そういう選択すらでけへん「突然死」。
死に方を大別すると、こんな感じちゃう?

あ、ちなみに「自終死」には、
後ろ向きなんもいれてな。


ぶっちゃけさ、そのうちのどれを選ぶかってのは、
結局んとこ、自分の意思選択やろ?

このブログで何度もゆーてるが、
「できるけど、しない」

「したいけど、させてもらえない」
は、
「実現しない」という形だけみたら同じやけど
中身は全然ちゃうんやて。

腐人は、世の中の出来事は、
「できるけど、しない」の状態にせんと
あかんのちゃうの?と
常々思うんやがなぁ。

ま、その上で、自分は「崇高死」を選んでるのに、
「尊厳死」を進める医者に会えば、
そりゃ最悪な医者になるわけで。

この辺は、久坂部羊さんの『悪意』になるが、
それこそ患者は医師を選択でけんねから、
「崇高死」を尊ぶ先生をみつけて乗り換えりゃええだけやん
と腐人は思うんやが、
どーも、「崇高死」をよしとする人って、
一「信」教信者みたくみえるんよねぇ。

価値観はひとつ!真実はひとつ!
っちゅースローガンで、
ひとつしか、信じるべきもんはないってやつ。


久坂部羊さんがでてきたんでついでに、
久坂部さんが安楽死について書かれた
『神の手』にも言及するが、
「安楽死」「尊厳死」を認めてしまった場合、
それを選択しない人に圧力がかかるんじゃないかっちゅーのが
この本で、反対意見としてとりあげられていた。


それなんだけどさ、
今回思ったんだけど、
「安楽死」が認められてる国ってのは
当然、「尊厳死」も認められてると思うんだよね。

ってか、「尊厳死」については、
ほとんどの先進国で法整備されてるときく。

腐人はそこでふと思ったのだが、
尊厳死法がない国と、自殺率って、
おそらく連動性があるんじゃないかな?と。

ってのも、「安楽死」「尊厳死」を認めてる国ってのは、
100%キリスト教国で、キリスト教では自殺は認められてない。

よって、つらくてしんどくて自殺したいと思っても、
宗教上、ダメとされてる場合、
じゃぁ、ずっと死ねる時がくるまで、
死んだほうがましな苦痛に耐えなきゃいかんのか・・・
ってことになる。

それを強いる権利は誰が持ってんのか
腐人は非常に疑問なんだが、
そこの点を解消するために、これらの国では、
「安楽死」や「尊厳死」を認めて、
それは自殺じゃないから大丈夫だよ、
としとるんではないのかねぇ?

まー詭弁といわれるかもしれないが、
それゆーたらシューキョーやらカミかて、
人が生み出した妄想、詭弁やからねぇ・・・
(ああ、ゆーてもた・・・)。


それはともかく。

腐人がなんでそう思ったかってのは、
一応、統計でゆーと
日本の自殺の理由ってのは、病苦が一位なのね。

ゆーても、自殺の理由なんて、
ホンマんとこはわからん気がするけど、
一応、そないなっとんねん。

するとさ、もし日本に「安楽死」や「尊厳死」があったらば、
自殺やなくて、そっちを選ぶ人がでてくると思わんか?

欧米では
「安楽死」や「尊厳死」が認められてるので、
つまり、
自ら死を選ばんでも、
そういう状態になったとき希望すれば死なせてもらえるんや
って思える。

それはすなわち、一種の「救い」やと思うのね。

万が一のときは、「安楽死」や「尊厳死」をえらべる、
そういうよりどころがあるだけで、
人は救われると思うんやけどなぁ・・・。

そうして、人は、自殺ではなく「安楽死」や「尊厳死」をえらび
結果、自殺率が低くなる・・・
そーゆーことにならんか?

で、こういう理屈を詰めてくとさ、
「安楽死や尊厳死を反対する人こそが
 自殺者数を増やしているのだ!」
とも言えるやん。

まーそないゆーたら、

「自殺を選択する人は違う!
 一緒にせんといて」

とか言われるかもしれんけど、
その理屈がとおるんやったら、

「苦痛や自我の喪失をわざわざ選択する人とは違う!
 一緒にせんといて」

「病気や障害と戦おうとせん人とは違う!
 一緒にせんといて」 

ってことで、
「安楽死」や「尊厳死」を選択したい人はそういう人、
選択したない人はそういう人、
そないゆーて、
それぞれがそれぞれの主張をアリとして共存でけんかねぇ?

前に、『アシュリー事件』とこでもゆーたけど
結局は、
選択するのは自分。
その上で、人が自分の選択に対して、強い信念をもって生きればいい
そんだけの話やないのかねぇ
って気がする。

っても、今の日本は、
その「選択する」すらもでけへんねけど・・・。
劣悪な環境、と腐人は思う。

世界的に、多様化が広まってるが、
なんかどーも、「崇高死」を言いたがる人って
多様な価値観を認められない感じがするんだよなぁ・・・(~_~)。

被害妄想が強すぎちゃう?と思うのは
腐人の気のせいだろうか・・・。


でもさ、
むかーしむかし、いつ、なんだったか忘れたが、
ポチッとテレビをつけたらNHKで、
作家の柳美里さんが高校生の教室で、
講義みたいのをやっとるのに遭遇したことがあんねんね。

その頃はまだ芥川賞もとってへんかった。

腐人はそれまで柳美里さんの作品を一文字も読んだことなかったし、
その後も、今も、全く読む気がないが、
そんときのテーマが「死」についてだったので、
ぼへーっとみててん。

ただ、ほとんど終わりのほうで、柳さんがまとめとして

「いつでも死ねると思ったら、
 ものすごく気が楽になった」

的なことを言わはったんだ。

かなり古い一瞬のことやから、かなりあいまいですが
主旨は間違ってない。

と言い切るのは、腐人自身もそういうところがあるから、
「だよねー」と思ったのを、まだ覚えてるんで。

で、テレビは、その話をきいた高校生に感想を求めたんだが
指された子は、非常に困惑した表情で言った。

「なんでそんなに死ぬ死ぬって、
 死ぬこと考えなきゃいけないんですか?」

こう切り替えされた柳さんは
二の句が告げない感じで、
ぷしゅうとテレビは終わった(と記憶してる)のだが、
腐人はこれ聞いた時、思ったんだ。

ああ、世の中には、
「死」ってもんを考えないと生きてけない人もいれば
「死」ってもんを考えなくても生きていける人もおり、
「死」ってもんを考えたら生きてけなくなる人もいるんだな、と。


たぶん、「安楽死」や「尊厳死」、もっといったら「自終死」とか
そういうことを考えたり、言ったり、法整備して!という人は、
恐らく、この「考えないと生きていけない」人。

そして、困惑した表情で発言した高校生のような人は、
まさに「考えなくても生きていける」か
「考えたら生きていけなくなる」かのどちらか。

そういう人は、死ってもんを、
わが身にふりかかって初めて考えるか、
「崇高死」としてしか認めたくないんだろう。

何度もゆーてますが、
腐人は別に、それはそれでええと思うのよ。

ただ、
「したいけど、させてもらえない」
と思う人がゼロになり、
「できるけど、しない」
「できるから、する」
といった、
それぞれがそれぞれの主張をアリとして
自由に選択した結果のまま、共存できる状態になって欲しい。

社会の問題の正解は
1つじゃないと思うんだけどなー・・・。



以下、読書録。

●5日
(1021)一般本 『創竜伝 7』ノベルズ版 田中芳樹
  ♪むっかし~むっかし~うらしまは~
  じゃなくて、
  昔むかしに読んだときから、
  30年近くたっての再読ともなれば
  当時はなかった知識が増えたりするわけで。

  「陰謀論」の本を読んだ今これ読むと、
  半笑いが浮かんでしょーがねぇ。

  そいや、陰謀論によれば、震災も自然災害じゃなく
  人工的に引き起こされたもんだってなってたなぁ。
  
(1022-1024)マンガ 『芦原妃名子傑作集・1・記憶』『芦原妃名子傑作集・2・祈り』『Bread&Butter 2』 芦原妃名子
  腐人は芦原さんの作品が好きなんですが、
  なんだろ、なんかチクッとしたもんっちゅーか、
  毒気を感じるんだよね。

  それがあるから好きなんですが。

  でも、こんだけ並べて読んでみると、
  まぁ、見事なぐらい、メンタル脆弱女子の羅列で。

  腐人はおばちゃんの皮をかぶったオッサンなので
  正直、女子的感覚がよくわからず、
  近寄りたくねーってのが本音だが、
  自分に被害が及ばないところから覗くのはやりたい。

  だからマンガが最適なんですが。

  個別でいえば、「蝶々雲」。
  いやー絶対、ゴマのが結婚相手としては最適でしょう。

  まぁ、郵便局員と漁師のどっちが稼ぎがええかはわからんが、
  恋愛の相手と、結婚の相手はちゃうからね。

  「乞う女」なんかは、まさに女の毒。

  こーゆーのが描けるってのは、
  人をよくみてるんだなぁと腐人は思う。
  ニンゲンを客観的に見られなきゃ描けないよな。

  でもって、『Bread&Butter』ですが、
  うーんうーんうーん・・・
  腐人も片付け嫌いな汚部屋住人ですが、
  腐るものは放置してはいけない。

  そこは一緒にせんといて!と思うわー。

  あかんよ、他のもんを繁殖させたら。
  目に見えない菌までにしとくべし!

  ああ、これ読んだら、
  ベッカーのプレッツェルラスクが食いたなってきたー!!!

  あれは旨い。うん。
[ 2014/11/06 ] 腹黒日記&読書録 | TB(-) | CM(-)
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