FC2ブログ
或るアホの一日 HOME > 腹黒読書録 > 途中放棄 『刑罰はなぜ必要か』
10 | 2019/11 | 12
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30




途中放棄 『刑罰はなぜ必要か』

の前に。

師匠に、樋口美沙緒さんのムシシリーズを読ませたところ、
思惑通りムシに捕まってくれた。
へっへっへ。

しかし!
ムシ、いいよねー♪ってな話の後、
師匠が言った一言に、腐人はまだまだだなと思ったよ・・・(-_-;)

その一言ってのが。
「ロウクラス×ハイクラスって面白そう」

はい?なんですと??

あの・・・ロウ×ハイってことは、
ジュウニマダラテントウムシがオオスズメバチをやっちゃう・・・
っちゅーことっすかぁ!?

最初っから、考えもせんかったですよ、それ・・・。

樋口さんは、次はハイ×ハイかな、
なんておっしゃっておられましたが、
こーなってくると、ロウ×ハイに
ぜひチャレンジしていただきたいところだ。

どんなになるんだ!?
想像がつかん・・・。

でも、意外にマヤマヤなんて、女王様受になるかもなぁ・・・。


そーいやムシで思い出したが、先日、べランダに出ると、
王子がパパと庭でなにやらやってる姿がみえたので、
血族が「王子、なにしてるのー?」と声をかけた。

すると、何かを握った両手をつきあげ、
「みてー!イモムシとミミズー!」

・・・いや、見せんでええから・・・。

パパにきくと、冬枯れした芝生の植え替えをしていたそうで、
めくった芝生の下に、イモムシ君とミミズ君が寝ていたらしい・・・。

啓蟄をむかえ、カエルも遊びにきてるらしく、
ムシ好き王子にとっては、幸せの春の訪れのようである。

でも、イモムシとミミズは見せにこんでええからね!



さて、途中で放棄した本の話。
『刑罰はなぜ必要か  最終弁論』
っちゅータイトルに惹かれて、
手にしてみたこの本だが。

著者は、ヴィンフリート・ハッセマーさんというお方。

この段階でおかしいと思えばよかったんだが、
『腐人日記』時代から、
刑罰のありようにすごく疑問と関心がある身としては、
その「なぜ」が知りたかったのだ。

ちなみにもちろん翻訳されております。
腐人は標準語と関西弁しか読み書きでけへんねんて!

で、いざ本を開いてみると・・・これが超難解・・・。

そりゃそーだ。
ドイツの憲法裁判所元副長官さんが、ドイツの法や判例を踏まえて、
刑罰について書いてるもんだから、ちんぷんかんぷんで当たり前。

一般論的なところは読めるんだが、第何条がうんたらりん・・・と言われても、
しらんがな!って感じで、
ざーっとページを飛ばしながら、興味をひいたとこだけ読んでみた。


腐人の興味をひいたのは2点。

一つは、拷問。

もちろん、ドイツでも拷問はダメとされている。
ナチの歴史があるから、もしかしたら日本以上に、神経質かもしれない。

でも、だ。
ある事件がきっかけで、
被害者を救助するための拷問も許されないことのなのか?
という疑問が生じる。

これは実際にドイツであった誘拐事件だそうなんだが、
幼い男の子が誘拐され、警察は捜査の末、犯人を捕まえたのだが、
肝心の男の子の居場所がわからない。

そのため犯人を拷問し、ききだしたのだが、
そこにいってみると、残念ながら男の子の亡骸があった。

実は、犯人が監禁場所を離れる前に既に殺していたという。

で、この拷問をした警察さんなんですが、
そこそこお偉いさんだったと思うが、
男の子が殺されてたことがわかった後、
自分は犯人を拷問したと自首し、
同じくその場にいたもう一人も自ら名乗り出た。

犯人およびこの二人の警官は、法廷で裁かれることとなり、
犯人には終身刑、二人の警官には罰金刑がくだった。


本書では、それ自体の是非をはっきり書いてなかった気がするが、
正直あんましよく覚えてない。

だって、司法関係者の文は、霞ヶ関文学並みに独特なんだけど、
そーゆー元裁判官さんが原文書いてんのよ?

かつ、この翻訳、結構、分担でやられたみたいんなんですが、
どうも法学者の方なのかなぁ・・・?

読んでてキーッ!となるぐらいわかりづらいんすよ、
日本語自体も。

どなたか本書を読んで、腐人に解説してくださいませ(-_-;)
腐人はもうあきらめた。


ただ、だ。
それはそれとして、自分はこれについてどう思うか、と訊かれたならば、
やっぱモゴモゴ、口幅ったくなるのは事実。

救助のため、というなら、いいんじゃね?と思うが、
こーゆーもんは、ちょっとでも緩まると、すぐに大きくとられ、
拡大解釈されないとは限らない・・・のだ。

そうなったとき、未然に止められるか?というと、
たぶん無理。

む、むずかしいなぁ・・・。



もう一つは、犯罪者の再社会化。

腐人は、どうしても被害者寄りに考えてしまうため、
犯罪者の再社会化ってのは、加害者に甘い部分があるんじゃね?
と思うところはある。

でも、再社会化によって、
一度罪を犯したものが非社会化することを防止する、
といわれれば、そうかな、という気にもなる。

ただなー・・・死人に口なしというか、
死んだ人がどうか、というより、生きてる人をどうするか、
にやっぱ比重をかけて考えてる気がするんだよね。

生きてる人は、文句も言うし、また犯罪を犯すかもしれないし、
これからの社会に貢献するような人間になるかもしれない。

でも死んだ人間は、もうなにももたらさない。

だから生きてる人間を主体に考えましょう・・・ってなってない?
っちゅー気がどーしてもしちゃうんだよな・・・。


あと少年についても気になったが、
やっぱ裁判官って、考え方が性善説というか人は更正できるもの、
という方向なんかなぁ・・・という気がした。

でもさ、六本木の事件とかみるとね、
腐人はどうしてもそう思えない。

ナイフではなく、包丁でもなく、金属バッドだから、
目的は、傷害であって殺害じゃなかったって、
どうして言えるのかな。

これまでにそれで実際に死んでる人がいて、
かつ、それを持った人が、一人ではなく、複数一緒にいるというのに。

撲殺、という言葉は、概念は、そこにはないのかな。

腐人には、十分、殺意があったと
言える気がしてならんのだが。


ま、そゆこと考えてくと、
人が人を裁くということ事態が難しい・・・となる。

となってくっと、
腐人としては、いつもの結論になっちまうんだよなー。


確かに刑罰は必要です。
でも、それ以前に、ニンゲンという動物を管理することが必要です。

なので、地球上で得られる食料から逆算し、生殖機能を剥奪して、
ニンゲンという動物の生存をコントロールします。

まずは、環境を壊さず飼育できる頭数を決定し、
その数だけ生産するようにする。

そして、生産されたものには、すべてチップを埋め込み、
その行動言動をすべて記録する。

欠けた場合は、その分、増産し、
同類を欠かせるようなことをした場合は、
そいつを屠殺して、別のものを生産する。

別に頭数そろってりゃ、どれでもいいからねー


ま、こんな意見は、荒唐無稽で片付けられちゃうんだろうけど、
こーゆーのに対し、どう思うのか、
いっぺん聞いてみたいなぁ。


一応、ご興味のある方のために書誌情報のせときますね。

『刑罰はなぜ必要か  最終弁論』
ヴィンフリート・ハッセマー著
中央大学出版部



以下、読書録。

●6日
(229)一般本 『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』 中山淳雄
  すんません、これはちょっと改めます。
  簡単には書けない・・・。

(230)BL/シャレード 『愛だというには切なくて』 中原一也

  このシリーズ。
  読んでいる・・・はずなのだが。

  うーん・・・見事に脳みそのどこにも残ってない。

  でもま、いっかー読めるし。

  こーゆーの読むとホント思うんだけど、
  人ってなんで生きるんだろう。

  そんな簡単に死ねないよ、とよく言われるが、
  そうかな?

  腐人の周囲では、簡単かどうかはわからないけど、
  自ら命を絶っていった人がいる。

  その違いはなんなんだろう。

  腐人はもし、こういう状態になったとき、
  生きようと思えるのか。

  話は普通にBLなんだけど、こーゆーの読むと、
  どーしても思考がそっちにいってしまうんだよなー。

  あ、そうか!
  だから残らないんだ。

  なるほどー・・・。
  
[ 2013/03/07 ] 腹黒読書録 | TB(-) | CM(-)