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『こんな夜更けにバナナかよ』について

昨日書けなかった
(502)一般本 『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』  渡辺一史
にまいりましょうか。

これは10年以上前に出た本で、
そのときにノンフィクション系では大きな賞をとった
有名な作品らしい。

それを、なんで急に、今頃読みだしたのかといえば。

まー最近のお約束、「発言小町」がきっかけだ。

ちょいと前にですね、
「小姑から義姉へ、こんなお願い事はNGですか?」
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2015/0526/714805.htm?o=0&p=7
ってのが、あったんです。

ざくっとまとめれば、こんな感じ。

トピ主は難病の重度障害者。
発症する前につきあってた彼から
高価なブランド品を複数プレゼントされたが、
病気がわかってお別れした。
ほぼ使ってないものなので兄嫁に使ってもらえないかきくと
高価すぎると断られた。

その後、病院にいく途中でリサイクルショップをみつけたが
自分にはいけないところなので、
兄嫁に、代わりに行って売ってきてもらいたい。
お金は手数料として納めてほしい
というお願いがしたいのだがNGか?
というような内容。

レスの大半が
「なんで義姉に?」
というもので、腐人もそう思った。

が、どうもトピ主さんとしては、
自分は長くないため、両親の老後など
義姉やかわいい姪に迷惑をかけると思う、
そのごめんね、とありがとうの気持ちを
あらわしたかった模様。

ただ、最後まで、小町を読んでる人には、
その心情は理解しがたかったようで、
腐人もなんか・・・まわりくどいと思ったんだよな。
ドストレートにやりゃいいのに・・・と。


で、コレを受けてなのかな?と思われるトピが
その後しばらくしてあがった。

「重度障害者の義妹が重いです」
http://komachi.origin.yomiuri.co.jp/t/2015/0602/715670.htm?o=0&p=0

こちらもざくっとまとめれば、こんな感じ。

病気で重度障害者の義妹がいて、
なにかと「やってほしい」オーラが出ていてしんどい。

どうもこっちは、
義母・義妹・ご本人の性格的なところに原因があり
障害だから、が直接的な原因じゃなさそう・・・
という感じで話が終わっているのですが、
このレスのなかに、本書が紹介されてたんです。


正直、この本のタイトルをみて、「?どゆこと??」と思った。

このタイトルは、実際にあったエピソードからきており、
読むと、
「なるほど、このタイトル以外にぴったしなもんはないな」
と思うんだが、
この状況を説明するには、
まずこの病気についての知識がないと難しいかもしれない。


腐人は雑多に本を読みあさっている人なので
筋ジストロフィー関係の本は、読んでないわけではないが、
どっちかっちゅーと病気そのものについてよりも、
見守っていたご遺族がかかれたものだとか、
K-Booksの大塚さんのように
病気についてというより、難病患者でもここまでできる!
といったものばかりを読んでおり、
病気そのものについての知識がなかったなと
本書を読んで思った。

ってことで、まず筋ジスの概略から。

ジストロフィンっちゅータンパク質がありまして、
それをうみだす遺伝子が欠損してると筋ジスになる。

欠損といっても、全く作られないデュシェンヌ型と
若干なりとも作られるベッカー型
これらは性染色体劣性遺伝型で、
この遺伝子の保因者である母からX染色体を継いだ
男子にのみ発症する。

他にも、
常染色体劣性遺伝型の福山型、ウールリッヒ型、
メロシン欠損症・・・・
常染色体優性遺伝型の顔面肩甲上腕型、筋強直性型など
いろいろなタイプがあるが
未だに根本的治療法は確立されていない。

で、この病気の怖いところは、
体中の筋組織、つまり内臓の筋肉までもが
どんどんなくなっていくところだ。

内臓の筋肉の代表的なところといえば心臓。
心筋ってゆーでしょ?
あれもが消失していくんです。

なので、心不全や
呼吸不全(こちらは人工呼吸器によってかなり減ったらしい)が
直接的死因となってお亡くなりになることが多い。

筋肉がどんどんなくなっていくため、
患者さんは、骨と皮という状態になっていく。

本書には鹿野さんのお写真が何枚も載っているのだが、
デコルテから上をみる限り、普通の成人男性にみえるのだが
たまに腕やお腹が写っていると、肉がまったくみあたらない。

それをみたとき、腐人は拒食症の人の話を思い出した。

拒食症の人も、骨と皮という状態になると、
座る、寝るといった行為ですら、
神経が骨と直接あたって、激痛がはしり
同じ姿勢をとりつづけることが難しくなるという。

なるほどー、そう考えると、
このたぷたぷいってる肉にも
意味があるんだなと思えるわ。

そんな腐人の話はどうでもいい。


鹿野さんも病気がどんどん進行していくと、
まず、自分で寝返りがうてなくなる。
でも、上記にかいたような理由で、
同じ姿勢をとり続けることがむずかしい。

そのため、20分おきとかに
体位交換をしてもらわないとならないのだ。

これはすなわち、浅い眠りしか得られないということになる。

さらにいえば、上記にかいたように、
内臓の筋肉まで弱まるため、自力呼吸ができなくなり
人工呼吸器を装着する。
※今は、NPPV(非侵襲的陽圧換気)というマスクタイプもある

そうすると、一定期間ごとに痰をとってもらわないと
つまって窒息してしまう。

そのため、鹿野さんは、
「寝たらもう起きられなくなるのでは?」という
不安神経症があったそうで、そういった点でも
夜、なかなか眠れないという状況だった。

日本の場合、身内に障害者がいると、
家族がその世話をすることが多い。

しかし、鹿野さんの場合、妹さんにも障害があることと、
家族ではなくボランティアやプロの介助で
自立した生活を送りたいというご本人の希望があって、
日中・夜・泊まり(2名)の3交代で、
介助者のローテーションを組み、生活していた。

ある日の真夜中、鹿野さんが介助にきていた
学生ボランティアを起こす。
何かときくと、「バナナが食べたい」と。

そのとき、起こされた学生さんが思ったことが、
このタイトルなんだそう。

ま、当然だよな。

そして長い時間をかけ(早く食べることができない)、
その間、ずっとバナナを持ち続けていた学生が
ようやく眠れる・・・と思った瞬間、
「もう1本」。

そのとき、何かがはじけたと、その方は答えてらした。

このエピソードからもわかるように、
本書の中では、
障害者もボランティアもキレイキレイな存在ではなく
むきだしの一人の人として書かれている。

個人的にほへーと思ったのが、
「筋ジスでも、勃つって書いといて」
というところだ。

その組織だのなんだのを考えると、
あ、確かに・・・というとこなんだが、
こういうことを率直に書いてあるものって
腐人は目にしたことがなかったので
ちょっと驚いた。

が、考えてみたら自然なことで。
むしろ、そういうことが書かれてこなかったということが
不自然なことなわけで。

本書は、いろんなものを内包した本だなと思った。

鹿野さんという一人の人の生き様を書いた本でもあり、
筋ジスという病気について書かれた本でもあり、
ボランティアという行為について書かれた本でもあり、
日本の障害者をとりまく状況について書かれた本でもあり、
障害者が自立生活を手に入れるため戦った姿を書いた本でもあり、
これを読んで何か一言でまとめろといわれても無理!
としかいいようがない。

そのくらい、テーマとしては混沌としていて、
おしつけがましい「こうあるべき」なんてものがない。

こりゃ、まとめるのに2年以上かかったのも無理ないわ。
あまりにも追うべき線が多すぎる。

難病にかかった一人の男性が、
「自分のやりたいように生きたい!」と
戦い続けただけで、これだけのことが起こるのかと
ほとほと感心させられた。

ものすごいエネルギーだなぁ・・・。

でも、だ。
上で書いた発言小町にあるように、
「こうしたい」「ああしたい」という発言は、
ワガママと捉えられる。

これは要介助者でも健常者でも一緒なんだが
要介助者の場合、
自分で自分のことができない、という引け目から
なかなかストレートに言えなかったり、
言われた方も「助けがいる障害者の言うことだから・・・」と
本音をさらさないがために、
心の中にどんどん鬱屈した澱みが溜まっていったりする。

本音をさらす、つまり、自分の弱さやむきだしの心をさらす、
腐人はこれは、要介助者であれ、健常者であれ、
実は、強く、したたかでないとできないと思っている。

鹿野さんは、
結果的に強くならざるを得なかったのかもしれないが、
人は誰だって、自分の人生を
自分のやりたいように生きるためには
自分の意思を押し通す戦いを続けねばならない
と思ってる腐人としては、
鹿野さんは至極当たり前な生き方をしただけに
みえるんだよなぁ・・・。

ま、直接に知らないからこそ
いえることなのかもしれないが、
腐人は自分でできるから、言うのも言うがやるのもやる。
鹿野さんはただ、
その「やるのもやる」が限定的だっただけじゃないの?
って、同じワガママ属性の腐人は思うんだけどな。


ところで。

腐人はこの本を読んでて、ひっかかったことが3つある。

1つは、介助のこと。

腐人は障害者問題は、老人問題とあわせて考えるべきである
と思っている。

知的障害≒痴呆
身体障害≒病気や加齢により発生
精神障害≒認知症によるせん妄

と、置き換えられることが多いと思っているからだ。

そうするとだ、今は障害者は少数派なので、
言ってしまえば「関係者が考えたらいい」と
多数の人は思ってるんじゃなかろうか。

でも、少子化と多老化が進み、
そこに腐人には疑問の延命医療の進化が加わると
被介助者数=介助者数、もしくは、
被介助者数>介助者数となる日がくるんじゃなかろうか?
っちゅー気がするんだよね。

全身管理が必要な鹿野さんが1日無事に生きるためには
4人の介助者が必要だった。

被介助者数=介助者数や被介助者数>介助者数となったとき、
1人につき4人の介助者なんて構図は無理だろう。

もっと真剣に、もっと現実的に、もっと早く、
これらの対策を考えないといかんのではないか?

と、腐人は思って、その話を血族にした。

血族は、ご高齢の方との付き合いが多いので
「いや、でも皆さん、ちゃんと自分の老後設計とか
 思ってる以上にやってるよ」
と言ったが、
一寸先は闇、どうなるかわからんのが人の未来だ。

「将来は子供の世話にならず、施設にはいります」
とおっしゃっていてもだ、
施設だって人手がいる。

その人手はどこからくると思ってるんだろうか?


2つめは、解説のところにあった尊厳死の話。

この本の解説は山田太一さんがなさっていて、
この本を読むまでは、他人に迷惑をかけながら生きるようなら
尊厳死をえらびたいと思っていた、とある。

ただ、この本を読んでしまうと、
尊厳死をそのように捉えると、
鹿野さんのように他人に迷惑をかけて生きる生き方に
尊厳はないのか、ということになってしまう、
そう考えると、尊厳死を選びたいといえなくなる、
というようなことが書いてある。

なるほどねぇ。

腐人はそれでも1ミクロンも遠慮せず
自終死を選ぶ!と宣言するだろうし、
政府は、「とっとと自殺・安楽死センターつくれ!」と思う。

そこに配慮はないのか?と問われたら、
腐人はいつもの返事を返すだろう。

「できるけど、しない」

「したいけど、させてもらえない」
は、
「実現しない」という形だけみたら同じやけど
中身は全然ちがう、
尊厳死や安楽死が許されたとしても、
自分がしたくなきゃやらんかったらええだけやん?と。

なんでこんなことに同一性を求めるんだかな(~_~)。

死の迎え方は、どんな人でも同じとでも言いたいのか?
ばっかくせ。

やりたきゃ、やりたいようにやりゃぁいいんだよ!

鹿野さんだって、自分で最後の最後まで抗って
なんとしてでも自分の望む環境で生きるんだ!
と選んだだけでしょうに。

腐人にはなぜそれが押し通せないのかが
よくわからない・・・(~_~;)

まぁ、鹿野さんの場合は自殺したくてもできなかった
ってのもあるけども、
腐人が以前定義づけた「死」の分類でいえば、
彼の死は、
最後の最後まで、生きることを阻害するものと
崇高なる戦いを繰り広げて死んでいった
「崇高死」とでもいうべきもんで。

でもって、迷惑をかけずに死にたいってのは
「安楽死」じゃねぇの?と思うんだよな。

※ちなみにこの辺の分類にご興味ある方は
 過去ブログ「安楽死と尊厳死と自終死と崇高死」
 http://murasakinohara999.blog.fc2.com/blog-date-201411.html#entry622
 をどうぞ

なので、腐人は死についていろいろ考えてきてるから
本書を読んだだけでその考えがブレることはないけれど、
死についてあまり考えてきてないと
こーゆーところでブレてくるのかもしんないなぁ。


最後、3つめ。

家庭のこと、制度のことなどで鹿野さんが
ものすごく精神的に揺らいでいたとき、
介助者とのコミュニケーションにつかっていたノートに
「余命1年といわれたら、どうするか」
という質問を投げかけたというエピソードがある。

これについては腐人はもう決めてある。

●ディグニタスに申し込み
 (費用はレートにもよるが70万円ほどだそう)

●身の回りのものを、死ぬまでに必要な最低限以外
 すべて処分・整理して、現金化

●スイスにいってホテルに滞在しながら順番を待ちつつ
 生前にできる事務処理をできるだけやっとく。

 ※ディグニタスへの申請だが
  時間がかかるものかと思っていたら
  意外とそうでもないらしい。
  一切の治療をやめて自然に死んでいく方法や
  痛みが問題ならば、
  その除去をしてくれる先生を紹介してくれたりもするそうで
  相談だけで終わる人もいるとのこと

 ※外国での死亡は
  手続き関係がどうしても煩雑になるそう。
  まぁ、当然だわな。
  遺体はスイスは火葬が主流らしいのでなんとかなるだろうが
  この辺はもっと事前に調べとかんとなぁと思っている。
  それこそ他人に迷惑をかけたくない部分だからね。

ああ、こうやって書いてたら、なんか見えてきた。

腐人にとっては、鹿野さんの生き方というのは、
腐人とは方向性が違うけども、わかるところがある。

要するに、自分の人生をどう生きるかは、自分で決めたいのだ。

それこそが鹿野さんの尊厳だったんだろなぁ。


たださ、これ、
自分で考えて主張することができるから
「自分で決める」ができる。

でも、知的障害や痴呆になれば、
それができないわけで。

そうなった場合の尊厳って、なんだろなってのは
腐人の中で、まだ答えがみつからない。

『こんな夜更けにバナナかよ』
いろんなことを感じさせられた本でした。

以下、読書録。

●21日
(508)BL/セシル 『上司と恋愛-男系大家族物語』 日向唯稀
  あああああ・・・1歳半ぐらいの幼児って
  超絶プリチーだよなぁ・・・(T_T)

  腐人は1歳半から3歳までがベストなの。
  姫も王子もこんくらいの頃はかわいかった・・・。
  いまじゃ、その可愛気はどこいったーっ!!(>_<)!
  だけど。

  ただ、姫はこんくらいんときは
  ここまでしゃべらなかったなぁ。
  
  兄弟がいると、下の子はしゃべるのはやいとか言うし
  そーゆーもんなんかね。

  ・・・ってか、姫はしゃべりだすの遅かったが、
  今ではうるさいほどしゃべるから、
  うん・・・しゃべるの遅くてもいいと思う・・・。
  
  にしても、セシルさんはチビもの多いなと思っていたが
  やっぱりそういう編集方針なのか。

  チビがかわいいのはいいんだが、
  受がママになりはててるのが、
  腐人的にはBLとしてどうなんだ?と思わなくもない。

  やっぱBLならば、ママになるんじゃなくて
  パパ二人がどうであるのかを言ってほしいなぁ。

  ま、それはともかく。
  兄弟が多いのって、本来はいい話なんだよね。

  ここでもあるように、上下関係や多様性を学べて。
  また「下に教える」ってことも自然に身につくし。

  ただ、結婚して別所帯になり、
  それぞれの家族ってのができてくっと
  それはそれでややこしいわな。

  ま、この話はそこまでいかんと思うが、
  個人的にはナナちゃんはずっとチビでいてほしい・・・。
[ 2015/06/22 ] 腹黒読書録 | TB(-) | CM(-)
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