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生きる権利、死ぬ権利(1)

本日のみで終わらない気が、ひしひししてるんですが
放置していたテーマを片付けます。

(903)一般本 『脳障害を生きる人々 脳治療の最前線』 中村尚樹
(906)一般本 『虚栄』 久坂部羊
(934)一般本 『誰か死ぬのを手伝って』 ジャン=マリ・ロラン、フレデリック・スモワ、稲松三千野


まず、それぞれの概要説明からしましょうかね。

(903)一般本 『脳障害を生きる人々 脳治療の最前線』 中村尚樹

2006年に出たノンフィクション。

医療ジャーナリストさんが書いたもので
交通事故や病気などによって、
閉じ込め症候群や遷延性意識障害、
高次脳機能障害になられた方の状況や
そこからの回復について音楽運動療法などが
紹介されている。


(906)一般本 『虚栄』 久坂部羊

こちらはガン治療をとりあげたフィクション。

外科治療、抗がん剤治療、放射線治療、免疫療法
この4つの治療チームが、
国家プロジェクトの主導権および予算争いをしている様子を描きながら
現在のガン治療や終末医療について、一石を投じてる。


(934)一般本 『誰か死ぬのを手伝って』 ジャン=マリ・ロラン、フレデリック・スモワ、稲松三千野

これもノンフィクション。
サブタイトルが「闘う障害者はなぜ安楽死を選んだのか」というもので
シャルコー・マリー・トゥース病という
難病認定された遺伝性の神経性進行性筋萎縮症にかかった
ベルギーの男性が、安楽死を実行するまでに
自分の人生を振り返った手記だ。


この3冊より、人の生きる権利と死ぬ権利について
ちょっと考察してみたい。

何度もゆーてますけども、
腐人はどんな状況であれ、
生きたければ生きればいいし
死にたければ死ねばいいと思ってる。

それを決める権利をもってるのは、
本人だけだと思ってる。

なので、自殺を否定する気はないんだよね。

自殺されたことがないからと言われそうだが、
そんなことはない。
その上で、この考えに至っている。

ってかね、苦しいのも、しんどいのも、痛いのも
感じているのはその人でしょ?

なのに周囲が何かを言う権利があるんだろうか?

その人に生きていて欲しいと思うのは、
己のエゴじゃん。
そのエゴのために、その人の苦しみを無視するわけ?

腐人はなんかそれは違う気がするんだ。

こないだ『レインツリーの国』のコメント書いた時
伸くんに聞かせてやりたい一節があったってなことを
書いたが、それを紹介しましょうかね。

ちょっと長いんだが、
『誰か死ぬのを手伝って』にあった一節。

「思慮深い人々や政府や医師団は、なんの権利があって、
 こんなふうに誰かに、本人の意志に反して
 苦しむことを強いるなどという不当を
 我がものにしているのだろうと考える。

 治癒や回復の可能性が残っている場合には、
 自発的な死は認めないというのなら、
 まったく賛成だ!
 だが精神的能力を全て備えている人に、
 人間らしく死ぬ権利を認めないのは、
 残酷なことだ。
 
 わたしたちを助けるためだと本当に確信して、
 安楽死を認めない人たちも、
 実際は自分の心の平穏のためにそうしているだけだ。
 あなた方が拒んでいるのは、心を乱されることだ。

 道徳や倫理の話なんか
 わたしにしないでいただきたい。
 誰かを、その人にふさわしくない死へと
 意図的に導くのは道徳的ですか?
 耐えがたいとわかっている
 肉体的あるいは精神的な苦痛を
 他人に強いるのは道徳的ですか?

 自分でどう思っていようと、
 あなた方は多かれ少なかれ
 虐待者でしかない。」


腐人のスタンスは、
治癒や回復の可能性が残っていても
死にたければ死ねばいいだから
ジャン=マリ・ロランさんよりも
さらに死寄りなんだけど、
ここに書いてあることには大いに賛同する。

なぜ人は、
他人の死ぬ自由、死ぬ権利を阻害しようとするんだろう?

ジャン=マリ・ロランさんが安楽死を選んだことは
ベルギーで大きなニュースになり、
その結果、安楽死法の制定が一気に加速した。

その後、この手記が出て、
ジャン=マリ・ロランさんがやっていたサイトに
世界中から書き込みがきたそうなんだが、
訳者さんのあとがきに、その中の1つに
「死ぬのを手伝ってよりも生きるのを手伝っての方が先なのでは」
というのがあって、衝撃をうけたってな感じのことが
書いてあったのね。

とても悪いんだけど、その書き込みをした人は
ここを読まなかったんだろうか?
訳者さんは、この一文を忘れてしまったんだろうか?

第29章にあるんだけど、
ジャン=マリ・ロランさんが
これまでに書いてないことを振りかえる一節があり、
その末文がこれなの。

「そしてある日、生よりも死の方が好きになったことも打ち明けよう」


生よりも死の方が好きになったらね、
生きるのを手伝ってなんて思わないんだよ。

死こそが救いなの。

腐人自身、生よりも死の方が好きだし、
ニンゲンなんて、一匹残らずとっとと駆除されちゃったほうがいい
最低最悪最凶の害獣だと思ってるので、
他人の死ぬ自由、死ぬ権利を阻害しようとすることが
どうにも理解できない。

なんでだろ、
なんで死よりも生が好きな人は、
他人の「死が好き」という価値観を認めず、
自分の価値観を押し付けようとしてくるんだろう?

どうにもよくわからないので、
生きる権利に固執している方々を題材にした
『脳障害を生きる人々 脳治療の最前線』
『虚栄』について、考えてみる。

・・・が、本日はここまで。
やっぱテーマが重いと、なかなか書くのがしんどいね。


以下も、読書録。

●6日
(936)マンガ 『テッペンカケタカ 苦い飴』 石原理
  この人のためになら命かけれる、と思うのが
  5人おったら組は安泰、ゆーたんは
  誰やったっけ?
  『禽獣の系譜』か?
  元は3代目な気もするが、うーん記憶が不確か。

  ま、それはともかく、玄人さんと玄人さんは
  それが飯のタネやねんし、好きにやんなはれと思うけど
  きっかけになってた集団暴行な、
  あーゆーのは、どないしたらなくなるんやろと
  いつも思う。

  ほんでもって
  カタギやったらなにしてもええんか
  カタギやないんはどうしてもあかんのか
  別に暴力団を肯定する気はないが
  なんやろなぁ・・・なんか最近、「正しさ」ってなんなんか
  よぉわからんくなってきた。

  なんで人は個でおられへんねやろ。
  なんで人は住み分けられへんねやろ。
  
  テロとかなんとかみてても、
  人が集団生活をやめれたら、
  人が似たような価値観の人らだけで
  コミュニティつくって相互不可侵になれたら、
  いろんなことが治まるんちゃうんかなぁゆー気がしてならん。

  ラストからしたら、結局、清濁併せ呑んで
  その中での最善を探してくしかないんかもしれんけど・・・
  だーっ!!!!
  問題解決型脳の腐人としては、
  とっとと人間の生殖剥奪して、生産管理する
  秀才の国になってくれ!と思ってもて仕方がない・・・。

(937)BL/キャラ 『はじめてのひと』 田知花千夏
  はじめてのひと?
  初恋の人ではねぇの?

  ってのもの、はじめてのひとって一般的には
  処女なり童貞なりを捧げた相手ちゃうの??

  いやいやチューがはじめてで、って、
  たぶん記憶にないあたりに、
  パパやらママやらじいじやらばあばあたりに
  かわええかわええ食べちゃいたいって
  ぶちゅぶちゅやられてるって。うん。

  それにしても、とっとと素直にならんかったせーで
  どんだけ周囲が迷惑したか、
  君らはそれをよぉ考えるべきちゃうか?  

(938)BL/ルチル 『恋する若頭』 野原滋
  タイトルからしててっきりヤクザもんかと思ったら
  はーこうきたか。
 
  どーでもいいんですが、
  眞田って、もともとゲイだったんすか?
  そんな記述あったっけ??

  ノンケ経験しかないのが、
  あそこまで慣れてるのは、なんか不自然じゃね?
  その辺が唐突な感じがせんでもない・・・。

  個人的には若頭より、
  スナイパーのが似合ってると思う。
  が、現代日本において、
  その職業需要がどんだけあるんだかは知らん。
[ 2015/12/07 ] 腹黒読書録 | TB(-) | CM(-)
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