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生きる権利、死ぬ権利(3)

正直、書けば書くほどわかんなくなってきた
生きる権利と死ぬ権利。

腐人は前から言ってるけど
「できるけどやらない、と
 したいけどできない、は違う」

と思ってて、
「したいけどできない」ではなく、
「できるけどやらない」社会になるべきでは?

と問いかけ続けている。

腐人にしてみたら、
なんでこれが難しいのかがわからない。

何がしたいか、どうしたいかを
自己責任で取捨選択してけばいいだけで
そこに他人の存在や価値観は不要だ。

ただ、そんだけじゃないのかなぁ?と思うんだけど、
昨今のテロとかみてても、
結局は、他人は他人、私は私、ができないからこそ
テロや紛争が起こってる気がするんだよなー。

なんでそんなに他人が気になるの?

自分ではない誰か、それは親兄弟などの近親者も含め
その人が何を信じようが
何を正しいと思おうが
どんな性癖嗜好があろうが、
信じるものを押し付けてきたり、
正しさを押し付けてきたり、
性癖嗜好を押し付けてこない限り、
どーでもよくない?

なぜ、そこで放っておけないんだろう・・・?


よく「お前には関係ない」と言われ傷ついた・・・
なんてエピソードがありますが
直接的影響がなきゃ、
「確かにそうね。じゃ、あとは一人でなんとかしなねー」と
腐人はバッサリ切って終わるんだが。

腐人としては、他人の「踏み込まないで欲しい」という権利を
尊重してるだけなんだけど。

逆に言えば、腐人が最も忌み嫌うことは
勝手に腐人の権利に踏み込まれ、
勝手に相手の価値観を押し付けられることなんだよなぁ・・・。


・・・という視点でもって『虚栄』を読んだとき
腐人がイヤだなと思ったのは
外科チームのロボット手術のゴリ押しであり
逆に、本人がいいならいいんじゃねぇの?と思ったのが
免疫療法チームの治験だ。

といったら、まるで腐人が手術はイヤで
免疫療法を買ってるかのよーに聞こえるが、
それは違う。

それぞれの治療内容のことは後で触れるが、
そういう治療内容のことじゃなくて、
ここでいってるのは、スタンスの問題。

外科チームは、ロボット手術の手術結果を増やしたくて
患者と家族は、通常の開腹手術を希望してんのに
強引に説得してロボット手術の承諾を得るの。

一方、免疫療法の治験では、
治験に参加していいよ、という人だけを集める。
・・・まぁ、こっちの水のが甘いぞーという
あおり文句はつくから、見極める目は必要だけど。

でも、誰の自由意思を最優先してるか、の点で
免疫療法の治験を評価した。

じゃぁ、『虚栄』で書かれた治療内容の
どれを腐人が評価するのかといえば、
実はどれも評価しない。

ちなみにザクッとその治療内容とそのメリットデメリットについて
説明すると、こんな感じだ。

●手術
メリット
 取り除くことで、がんの発生源がなくなる

デメリット
 でも細胞の中まで入ってしまっているものは取り除けない
 臓器がなくなることで、身体への負担が大きい

●抗がん剤
メリット
 細胞の中にいるものまで影響できる

デメリット
 副作用がきつく、正常な細胞まで影響が及ぶ

●放射線治療
メリット
 抗がん剤ほど副作用がない

デメリット
 かなり技術が進歩したが正常な細胞に若干影響あり
 巨大な設備がいる
 保険適用外のものがある

●免疫療法
メリット
 副作用がほとんどない

デメリット
 効果のほどが立証されておらず
 保険適用外

あと、
●ガン放置療法
・・・これは読んで字のごとく、です。

『虚栄』の中では、
各グループの対立があり、
患者のことを棚上げして、
それぞれが他者より優位にたとうと
足の引っ張り合いをする。

患者本位で考えれば
それぞれのメリットを組み合わせて治療方針たてればいいのに
と思うけど、まぁこの政治と医療の体制批判は
久坂部さんの読みどころ。
詳細については、ぜひ本書をお読みくださいませ。


で、腐人の話に戻るが、
もし腐人がガンになったとしたら、
腐人はいずれの治療方法も選ばない。
ガン放置療法も含めてね。

『虚栄』の中に
治療か、放置か、そのどちらかしかないのか
ってな感じのことが書いてあったが、
第3の選択肢があるよ?

それは、安楽死だ。

ガン宣告をうけたら、ラッキーと喜び、
すべての始末をつけて、ディグニタスに申し込む。

腐人はそうすると決めている。


よくさ、「ガンと闘う」とか、「ガンに打ち勝つ」とかあるけど
あれ、正直に言えば、腐人には違和感バリバリだったりする。

病を克服することが、打ち勝つことなの?

悪いけど、腐人はその価値観は同意できない。

むしろ腐人にとって「病に勝つ」ってのは、
「私を殺そうとしている病より先に、
 私が私の命をおしまいにしてやった。
 殺したくても、もう死んでんだから殺せねぇだろ?
 ざーんねーんでしたー
 ケケケケケ、ざまーみろ!」
 
なんだよねぇ。

ただこれを「病苦による自殺(安楽死)」とか言われると
それ、ちょっと違うんだよなぁ・・・(~_~;)という思いがある。

ジャン=マリ・ロランさんも言ってたけど、
自分の命さえも、自分でコントロールしたいの。

いつ死ぬか、いつ死ぬかと思いながら生きるのではなく、
この日を命日にしよっとと、自分で決めて、
自分の蓄えたものを、すべて自分の思い通りに分配し
自分の跡をも、自分が納得できるように消し去って
さ、これで忘れ物はない、
いつでも旅立てるわーと死を迎える。

これこそが「完璧なる理想の死」なんだがなー。

正直、これ以外のどんな死に方も、
死ぬ前もしくは死後に、周囲に負担と迷惑かけまくるでしょ?
そうすると、死って迷惑、って思うじゃん。

でも、この完璧なる理想の死を遂げられたらさ
まさに「立つ鳥跡を濁さず」になれるわけ。
最後の最後まで、自分で自分を制して、
自分を無に還せる。

ただでさえ生より死の方が好きな腐人としては
それ、すごく素敵なことに思えるんだよね。

ま、これに同意を得たいとかは全く思ってないんだ。

ただ、腐人がこれをしたいなと思った時に
簡単に実行できる環境になってるといいなとは思う。


『虚栄』では、
ガンという枠の中で覇権争いをしていたら
最後の最後、鳶に油揚げをさらわれる格好となるが、
そちらでも、結局は、生き延びることばかりが問われる。

自分がどういう状態になっても
生き延びたい人は生きたらいいと思う。

でも、そうやって、自分で自分のことができず、
複数の人の手を借りないと生きられない人が増えたらば、
この先の多老社会、少子化社会の未来において
本来社会をまわしていく人々の手が介護にとられてしまったら
社会は破綻の一途をたどるだろう。

障害者手当、年金、生活保護、
働かなくても手当がもらえるのは、
その人たちの分を背負って支える人がいてこそ
成り立つ理論。

寄りかかる社会基盤が小さくなってしまったら、
皆がそこにのっかろうとしても、到底、無理だ。

もはやキレイゴトを言ってる事態じゃないんだよね。

この3冊を通し、腐人は改めて
死ぬ権利を認めて、早く安楽死制度を作って欲しいと
つくづく思った。


最後にもう一度。

安楽死とは、
私が死ぬ権利を認めて欲しいのであって
あなたも死ねと言っているのではない。
したくなければ、しなきゃいい。

ジャン=マリ・ロランさんは言った。
「安楽死を認めない人たちも、
 実際は自分の心の平穏のためにそうしているだけだ。
 あなた方が拒んでいるのは、心を乱されることだ。
 (中略)
 自分でどう思っていようと、
 あなた方は多かれ少なかれ
 虐待者でしかない。」

あなたの権利は、
あなたの範疇で好きに行使したらいい。
でも、他人の権利は、ほっといて。

もし、これが叶うならば、
恐らく世界は平和になるんだろうなぁ・・・。




・・・・・・昨日は、待ちに待ってた
『アドリアン・イングリッシュ 5 瞑き流れ』をゲットして
読んでたんですが、
これが・・・背割れおこしそうな厚みで・・・。

話はおもしろく、本当は読みきりたかったんですが
そうすると間違いなく、
朝の到来を告げるひばりの声を聞く羽目になる
朝までのコース!になりそうだったんで
途中で理性が止めました。

よって、昨日は完読本はゼロ。

今日で宿題を片付けたので、
明日はきっと、
「アドリアーン!」と叫びまくることでしょう。
[ 2015/12/09 ] 腹黒読書録 | TB(-) | CM(-)
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